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ヒップホップの真実
貧困と犯罪、そして未来


<プロジェクト>


夜、窓はスピーカーとなり、(プロジェクトの)人生を増幅する
ケンカ。人々が叫んでいる、誰かがナイフを抜いたから
だからオレはこの詩を見つめ、この曲に集中する
夜毎に同じメロディ、地獄は天国のように聞こえる
だけど刑務所はすぐ目の前
本を読み終えてなくちゃならなかったんだ、想像力が枯れてしまいそうだから

ここから抜け出し、外の騒音に一部になりたかったんだ
以前は5階の窓からバスケコートを眺めたものだ。児童公園での銃撃
そして殺人を目撃し、警官の捜査を見た
よぅ、ハスラーと売春婦、ドラッグと敵(敵対するギャング)
これがプロジェクトの窓から外を眺める子どもたちの人生




ナズNas
Project Window(プロジェクトの窓)より抜粋
アルバム「 Nastradamus」収録(1999)




ナズNas
1973年生まれ。著名なジャズ・ミュージシャン、オル・ダラを父に持つが、育ちはニューヨーク市クイーンズ区のプロジェクト。ゲットーの苛酷な現実描写と、その厳しい現状を変るためのポジティブなリリックで知られる




■貧困


 ニューヨークのあちこちに高層の茶色いアパートメントビル群が林立している。これらは通称「プロジェクト」と呼ばれる、低所得者用公団アパートHousing Projectだ。


ハーレムにも多数あるプロジェクトのひとつ




 ニューヨークにはこのプロジェクトが345ヶ所、2,698棟あり、17万5,000家族、42万人が暮らしている。ニューヨーク市総人口800万人の19人に1人はプロジェクト暮らしという計算になる。その多くは黒人とヒスパニックだ。
 ひとつのプロジェクトは4〜6棟のビルから成っていることが多く、それぞれが「●●ハウス」と名称を持っている。黒人指導者キング牧師や、ジャズミュージシャンのデューク・エリントンなど著名人の名を冠するプロジェクトもある。



 プロジェクトの入り口には「ウェルカム・トゥ・●●ハウス」という看板が建っており、複数のビルに囲まれたスペースには芝生が植えられていたり、ベンチやブランコなどが設置されていることもある。そのためか、プロジェクトを初めて見る海外からの観光客は「なかなか良いマンションですね」などと言う。ところが、このプロジェクトこそがアメリカ都市部の犯罪の巣窟なのである。



 プロジェクトの住人のデータをもう少し詳細に見てみると、入居世帯の平均年収は18,000ドル(約180万円)。シングルマザー家庭など、経済的に特に苦しい世帯は「セクション8」と分類され、格安の家賃で入居できることから平均家賃は300ドル。世帯主の33%は62歳以上、入居者の41%は未成年。18%の家庭が生活保護、42%が各種年金に頼って暮らしている。



■ドラッグディーラーになる子どもたち


 これらのデータから浮かび上がってくる住人像は、シングルマザーと子どもたち、両親不在の子どもを引き取って育てている祖父母だ。
 入居者の多くが御しやすい社会的弱者の高齢者と子どもであることは、ドラッグや銃の密売組織が根城として使うには有り難い環境だ。しかも住人である子どもをドラッグ密売現場の見張り役や、使い走りとして安く使うことも出来る。その見張り役、使い走りの中から将来、大物のディーラー(密売人)に出世する者も出てくる。



 末端のチンピラであれ、元締めとなった大物であれ、彼らは同時にヒップホップのクリエイターにも成り得る。彼らが自分自身の暮らしを描いた曲が「ギャングスタ・ラップ」だ。その一方、そんなギャングスタ・ラップに疲れ果て、荒廃しきったプロジェクトの現実を淡々と描写するナズのようなラッパーも存在する。



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U.S. FrontLine No.241(2004年12月第3週号)掲載記事



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