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ヒップホップの真実
貧困と犯罪、そして未来

<プロローグ>


ワサップ、ニガ(*)
オレだ、ブラックだよ
昔のことだけど、オレのこと覚えているか
一緒に学校に行っただろ
よぅ、ヘザーからお前の電話番号を聞いたんだよ
お前が銃を売ってるって彼女が言ったんだ
オレ、ビーフ(**)を抱えてて
お前がどんな銃を持ってるか見てみたいんだ
で、気に入ったら買うぜ



*ニガ(nigga): 黒人を指す蔑称で一般的には禁句だが、若い黒人男性がお互いを呼ぶ時に使うことがある。ラップのリリック(歌詞)にも多用されるが、黒人社会でもその使用の是非が議論となっている

**ビーフ(beef):争い、ケンカ



50セント50 Cent
Gun Runners(銃の密売人)より抜粋
海賊盤アルバム「The Power of the Dollar」(1999)収録



50セント
1976年、ニューヨーク市クイーンズ区のゲットー、サウスサイド・ジャマイカ地区生まれ。父親不在のシングルマザー家庭だったが、ドラッグ密売人の母親も50セントが8歳の時に不審死。祖父母に引き取られた50セントは、10代になると自身も母親同様にドラッグを売り始め、後にラップも始める。やがてコロンビアレコードとの契約にこぎ着けたが、2000年にギャング同士のもめ事から9発撃たれて入院し、メジャーデビューの道を一度は断たれた。しかしデビュー盤用にすでに録音してあった音源が海賊盤として売られ、ストリートでの大ヒットとなる。2002年、ついにメジャーデビューを果たし、壮絶なギャングスタ・スタイルでヒップホップ界にセンセーションを巻き起こし、現在に至る。





 このラップのリリックに、普通の日本人がリアリティーを感じることは到底できない。まるで映画の世界だ。しかし、ニューヨークのゲットー出身のギャングスタ・ラッパー、50セントにとってこのリリックは、多少の脚色はあるにせよ、ほぼ「現実」なのだ。



 ゲットーとは、アメリカという超大国がその内部に抱える第三世界。そこで生まれ育った若者たちは、自身を取り巻く貧困と暴力とセックスを赤裸々に描いた新たなアートフォーム〜ヒップホップ〜を作り出した。
 「ヒップホップにもポジティブなアーティストや曲がある」「ラッパーやレコード会社はCDを売るために過激なイメージを利用しているだけだ」という声もある。しかし、ラップのリリックに登場するドラッグ、銃、殺人がゲットーに存在することは紛れもない「事実」だ。では、その事実はゲットーの若者たちにとって一体どんな意味を持つのだろう。


 今回の特集では、ニューヨークのゲットーに暮らす二人の若者に話を聞いた。かつてはドラッグの密売人だったD. Moe と、その義理の息子であるティーンエイジャーのスリム。彼らの生い立ちと現在の状況、そしてヒップホップへの想い。


 ゲットーで生まれたヒップホップの「真実」を探ることは、アメリカ社会を探ることにもつながる。アメリカの大都市のどこを歩いていても、ひとつ角を曲がれば、そこには必ずゲットーがあるのだから。



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U.S. FrontLine No.241(2004年12月第3週号)掲載記事



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