ラティーノ!! 米国最大のマイノリティ

ラティーノ!!
米国最大のマイノリティ

4）ラテン・パワー炸裂！　食文化

　南米大陸は広大で、沿岸部と内陸部では気候風土がまるで違うし、カリブ海諸島はトロピカルな海に囲まれている。つまり、それぞれの国・地域で穫れる（採れる？）食材が違い、だから料理の種類もさまざまだ。すべてのラテン料理を制覇することはとうてい不可能だが、ニューヨークのラティーノ・コミュニティを散策しながら、ラテン・フレイバーを味わってみよう。

　スパニッシュ・ハーレムのメインストリート116丁目を歩くと、「クチフリトス・スタンド」という揚げ物屋が目に付く。どこの店先もガラス張りになっていて、そこにフライ料理がズラリと並んでいる。カウンターの中ではおじさんが、油を張った大きな鍋でジュージューとフライを揚げている。どれもあつあつなのだが、いかんせん、フライの中身が分からない。

　まずは店員の若い女性に「取材をしたい」と告げると、帰ってきた答えは「ノー・イングリッシュ」。ラティーノ・コミュニティーではよくあることだ。なんとかオーナーの息子エディさんを掴まえて、フライの中身を尋ねてみた。ユッカというイモをマッシュしたものにミンチ肉を詰めたものや、甘くないバナナ、魚など。クチフリトスとは、こういったフライ料理の総称で、プエルトリカンにとってはなくてはならない手軽な軽食なのだそうだ。なるほど、テイクアウトの客が後を絶たない。店内では、ココナッツ、マンゴーなどのトロピカル・ジュースも売られている。

　では、家庭料理はどうかと言うと、肉や魚にライス＆ビーンズをつけるのが一般的。同じカリブ海の島国であるドミニカ共和国でもよく似た料理が食べられているという。そこで、いったんスパニッシュ・ハーレムを出て、ドミニカ系が多く暮らすウエスト・ハーレムにあるドミニカ料理レストランﾓFloriditaﾓへ直行。

　ここは厚手の一人用鉄鍋で出されるライス料理が評判の店だ。さっそく「Arroz con Pollo」（鶏肉ご飯）を注文する。スパイスで美味しそうな濃いブラウンに染まったライスの上の緑色の豆が散りばめられ、中にはロースト・チキンが埋まっている。それを明るいブラウンの肌をしたウエイトレスさんが器用に混ぜ、お皿に取り分けてくれた。スパイスがほどよく効いてはいるものの、辛くはない。

　料理を撮影していると、このレストランの常連だというホセさん（仮名）が、にこにこ笑いながら話しかけてきた。米国に移住して27年、休みの日には自分でもドミニカ料理を作るという。
　「ゆっくりリラックスして、ヤギ肉かチキン、魚やトマトを料理するんだ」。楽しそうに料理の話を続けるホセさんに、料理を前にした写真を撮っていいかと尋ねると、にこやかな表情は変えないままに、こう答えた。
　「いやー、そうだねぇ…。じゃあ、ボクが君を撮ってあげよう。それでどうだい？」。
　写真を撮られたがらないのは、ホセさんが不法移民だからだろう。日本の雑誌に載ったからと言って、それでホセさんの身元が移民局にばれることなど、まずあり得ないのだが、不法移民はとにかく写真を嫌う。長期不法滞在者はいったん米国外に出ると、実質的には再入国が不可能だ。だからいくら故郷が恋しくても里帰りはできない。ホセさんも27年間、祖国には帰っていないはずだ。だからホセさんは、いっそうドミニカ料理が恋しいのかもしれない。

　日を改めて、今度はスパニッシュ・ハーレムにあるメキシカン・レストランへと向かうが、その道すがら、ボタニカ屋に寄り道。ボタニカとは、宗教関連のモノを売る店だが、初めて脚を踏み入れる人は、そのおどろおどろしい雰囲気に驚くこと間違いなし。

　キリスト像やマリア像、十字架、ロウソクなどが売られているのだが、それだけではない。カリブ海の島々には、ハイチを起源とするブゥードゥー（*）の文化もある。「ニワトリを生け贄にする」などのショッキングな部分のみが映画などで時々誇張されているが、実際、ちょっと恐ろしいドクロの置物や仮面などが売られている。そうかと思えば、カリブ海特有のハーブ類もあり、店内には独特の匂いが漂っている。さらには、ネイティブ・アメリカン人形や布袋（ホテイ）様など、まったく関連なさそうなものもたくさん置かれている。オーナーのフストさんに、なぜ、こんなに雑多なモノを売っているのか、聞いてみた。
　「オレもね、親父が店をやっていた頃には同じことを聞いたものさ。でもな、今は分かるんだよ。すべての人に喜んでもらえるように、あらゆる国のものを売るのさ」。納得いくような、いかないような、なんともラテン的な説明ではあった。

*ヴゥードゥー…カリブ海のハイチに連れていかれたアフリカ奴隷が、祖国での信仰とキリスト教をミックスさせて作り上げた信仰または儀式。プエルトリコでは＜サンタリア＞と呼ばれる

　ボタニカ屋を出て、小さなメキシカン・レストランﾓLa Taquicardiaﾓへ到着。若くて可愛いウエイトスさんの英語は片言程度だが、スペイン語で書かれたメニューを指差し、いちいち「これは何だ？」と聞く筆者に、ジェスチャー混じりで一生懸命に説明してくれた。

　メキシコ料理の基本は、なんと言ってもトルティーヤとサルサだ。トルティーヤとは、トウモロコシの粉を練って薄く伸ばしてクレープ状に焼いたもの。これを二つ折りにして具を挟めばタコス、具を包んでしまえばエンチラーダ。サルサとは英語の“ソース”に当たり、トマト・ペーストに唐辛子とスパイスを練り込んだもの。もっとも、これらのメキシコ料理は、いまさら説明するまでもないほど米国中に普及している。
　しかしながら、トウモロコシとトマトの原産地は中南米。その地で太古の昔に栄えたマヤ・インカ帝国時代からの伝統食材だ。そう考えると、お馴染みのタコスもなんだか神秘的に見えてくるから不思議だ。

　今回は、無数にあるラテン料理の中からプエルトリコ、ドミニカ、メキシコの料理を試してみたが、いずれもユニークな味でEsta mui rico!（とっても美味しいです！）　しかし、単に食べるだけでは、ラテン料理の本当の味は分からない。レストランで働く人や、お客さんたちと、ほんの少しでもコミュニケーションを取ってみれば、ラティーノたちの“味わい”が徐々に伝わってくる。

U.S. FrontLine No.190（2003/07/20号）掲載記事
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