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NYエスニック事情 第7回
ハーレム〜マンハッタン


 ほんの数年前まで、ニューヨークの旅行ガイドブックには「ハーレムは治安が悪く、観光客は行くべきではない」と書かれていた。けれど、近年のハーレム再開発によって事情は大きく変わりつつある。以前は個人商店ばかりだったメインストリート125丁目にスターバックスがやってきたのが1999年。翌年、シネコンビル「ハーレムU.S.A.」が華々しくオープンし、さらに翌2001年には前大統領ビル・クリントンが事務所を開き、全米を驚かせた。


 これら一連の出来事によって大手チェーン店のハーレム進出が怒濤のごとく始まり、今では、オールドネイビー、ディズニーストア、M・A・C(コスメ)、H.M.V.など、数え切れないほどの店が軒を連ねている。そして現在もまたひとつ、古い建物が取り壊され、ショッピングビルに建て替えられようとしている。




取り壊しが決まった建物。ショッピングセンターに建て替えられる


 19世紀後半か20世紀初頭に建てられたと思われるその建物には10軒の商店が入っているが、全店が10月末で閉店する。教会での礼拝用のエナメル靴も揃えている子ども靴店、目の前で揚げてくれる白身魚のフライが美味しい魚屋、店頭のスピーカーからいつも大音量でラップを流している老舗のレコード店「レインボーレコード」など、いずれも地域に密着した店だ。


 ハーレムのビッグママ(*)たちがご贔屓にしているLLサイズのランジェリー店「レディラブ」の店員マリアが、ことの成り行きを説明してくれた。


「建物の持ち主はドイツ系の女性だったんだけれど、彼女が亡くなった後、息子がユダヤ系の人に売っちゃったのよ。あちこち傷んでいるのに修理してくれないから、コンディションはひどいものよ。今回、そのユダヤ人も開発業者に売っちゃったわけね」「私はこの店で13年間働いているの。ここを出て行きたくはないけれど、いつか天井でも落ちてきやしないかと心配だったわ」
「でも、こんなふうに全ての店が一斉に追い出されるなんてね」。



*ビッグママ=大柄で肝っ玉も大きい黒人女性に対する、親しみと尊敬を込めた呼び方




閉店セールのポスター
が貼られた店





「メンズウォーカーズ」の
極彩色のトカゲ革の紳士靴



 ニューヨークに入植したオランダ人が、マンハッタン北部を母国の港町にちなんで「ニュー・ハーレム」と名付けたのが1664年。当初は農地だったが、19世紀後半には高級住宅地となった。さらに20世紀初頭、地下鉄の開通に伴って大量のアパートが建てられたものの、不景気に見舞われて多くが空き室のままとなった。ちょうどその頃、南部の黒人が職を求めて東海岸に大移動をしており、ハーレムは瞬く間にアメリカ有数の黒人コミュニティーとなった。


 1920年代のハーレムではジャズなどの黒人文化が大いに華開いたものの、差別の壁は厚かった。黒人が銀行から資金を借り入れて自営業を始めることは非常に困難だったのだ。そのため、黒人街となった後も商店主には白人が多かった。その後、時代と共に黒人も店を経営するようにはなったが、大型ビルの持ち主には依然として白人資産家が多い。また、現在のハーレムには韓国系やアラブ系など、移民が経営する店が意外なほど多くある。移民たちは独自の金融ローンシステムを持っており、ビジネスチャンスありと見れば、黒人コミュニティーにもどんどん進出するからだ。


 また、ハーレムの黒人の最大多数派は、17〜19世紀にアフリカから連れて来られた奴隷の子孫で、一般にアフリカンアメリカンと呼ばれるグループ。しかし、ここには近年になってカリブ海諸国や西アフリカ諸国から移住してきた黒人移民による商店もある。加えてハーレムにはラティーノも多い。「レディラブ」のマリアもプエルトリコ系だ。


 黒人コミュニティーとして知られるハーレムだが、実はこのような「エスニックのサラダボウル」状態だ。しかし、大手チェーン店の進出については「これでダウンタウンまで行かなくても買い物が出来る」と歓迎する派と、「白人資本による搾取だ」と厳しく批判する派に別れている。



なぜか日本の昔の商店街を思い起こさせる
レディラブの店内



「この店が閉店するなんてひどい話だ。雑誌に書いて世間に訴えてくれよ」と言うメンズウォーカーズの常連客。店で買った帽子と靴はきちんとカラーコーディネイトされている


 今回、閉店する10軒の中に、紳士靴と帽子の老舗「メンズウォーカーズ」という店がある。ハーレムの男性は昔からオシャレで、年配の人は今でもスーツに派手なシルクタイ、トカゲ革の靴、フェドラと呼ばれるソフト帽を見事にコーディネイトする。そんな紳士御用達店として、長年愛されてきた店だ。


 店主のケヴィンは、「親父は靴修理の店から始めて1970年にようやくこの店を開いたが、3年後に強盗に撃ち殺された。あの頃は今みたいに安全じゃなかったからな」と言った。今、父親が苦労して開いた店を畳もうとしているわけだが、治安が良くなったことだけは感謝している様子。「では、再開発には賛成?」と尋ねると、馴染み客に囲まれたケヴィンは、近所のボデガ(*)で買ってきた75セントのコーヒーをすすりながら、「ハーレムにはスターバックスなんて必要ないね」と言い切った。


*ボデガ=ラティーノ経営による食料品店

 そのスターバックスでは、今日も今日とて常連客がチェスに興じ、それを見物人が取り囲んでいる。彼らはめったにコーヒーを買わないが、店員は何も言わない。一部の住人からは、ネガティブな意味での再開発のシンボルとされているスターバックスも、実はハーレム流のビジネス作法を受け入れているようだ。


 「レディラブ」は幸いにも同じ125丁目に空き店舗を見つけ、移転することが決まっている。「メンズウォーカーズ」は、めぼしい物件を見つけはしたものの、現在、家主と交渉中で移転できるかどうかは未定だと言う。常連客のひとりは「移転したら、またそこに通うさ。この店には忠誠を誓っているからね」と笑った。


2005年8月現在:
ディズニーストア、H.M.V.はすでに撤退し、銀行と女性洋品店に入れ替わっている。
記事中のビルはいまだに取り壊されず、広告塔となったまま。
メンズウォーカーズは同じ125丁目に、当初よりも狭い店舗を見つけて移転、営業を続けている。



ニューヨーク市の黒人人口:2,129,762人(市全人口の26.6%)
(2000年国勢調査)

U.S. FrontLine 2003年12月15日号掲載
禁・転載




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