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同時多発テロに星条旗を降る
「アメリカ人」って誰?
〜NY移民社会に潜む事情〜



 同時多発テロ事件以降、アメリカ中のいたる所に星条旗があふれている。あらゆる店のウィンドウ、住宅の窓、車、Tシャツ、バンダナ、バッジ、入れ墨…。一見、まるですべての「アメリカ人」が愛国心に燃え、戦争に向かって一致団結しているかのよう。でも、ここは誰もが知る多民族国家。実のところ、いったい誰が、どんな気持ちでアメリカ国旗を振っているのだろうか。


 ニューヨークに住んでいる私が街中にひるがえる星条旗を見てまず感じたことは、今回のテロ事件で最大の被害を受けたニューヨークの住人と他州の住人とでは、同じように国旗を振ってはいても、その思いには違いがあるということ。アメリカ全体の世論が事件直後から急激に軍事報復に傾くなか、多くのニューヨーカーはショックのあまり、報復について考える余地などなかった。だからニューヨーカーが星条旗を身に付けている理由は、少なくとも事件直後は犠牲者を悼み、悲しみを分かち合い、ニューヨークの再生を祈るためだった。


 でも、ひとくちにニューヨーカーと言ってもここには様々な民族がいて、だからアメリカ国旗に対する思いも、実は相当に複雑。アラブ系が経営する食料品店などにも星条旗が飾ってある。これは自分もアメリカの一員だ、だから危害は加えないでくれと必死に訴えているメッセージであり、彼らは戦争を絶対に回避して欲しいと願っている。


 ラティーノやカリビアンは普段から自国の旗を車などによく飾っている。移民として社会的・経済的に苦労している分、自国の文化やアイデンティティを主張するのだ。ところが今、彼らの多くは自国旗と星条旗の両方をなびかせている。これは彼らが、このアメリカという国に受け入れて欲しいという願望も合わせ持っていることの表れであり、したがって今では戦争肯定派も多い。


 中国系は数ある移民グループの中でも、もっとも精神的に自足しているグループで、アメリカ社会とのつながりは薄い。だからチャイナタウンの土産物屋では星条旗グッズと共にWTC爆発崩壊の瞬間を撮った生々しい写真も売られている。これはアメリカへの帰属意識があってはとてもできないことだ。


 ただ、どのマイノリティ・グループの中にも、たとえばWTCの銀行や証券会社で働いていたような、アメリカ社会の中心に属している人もいるわけで、そういったエリートたちには「自分はアメリカ人でもある」というアイデンティティがあり、国旗への愛着も強いように見える。


 けれど今回のテロ事件に起因する国旗の氾濫に関して、もっとも複雑な反応を見せているのはアフリカン−アメリカンたち。彼らもまたマイノリティとはいえ、「生粋のアメリカ人」である。けれど連綿とアメリカのマジョリティ=白人からの差別を受け続けてきた結果、アメリカという国に対して強い愛国心を持ちながらも、どこか距離を置こうとする矛盾を見せる。
 ハーレムでアクセサリーの露店を出している男性が言った。「ここは良い国だ。けれど、このアメリカという国の中にはまた、私たち(黒人)の国があるんだよ」。彼は今なら必ず売れる星条旗グッズを敢えて売らないでいる。だからハーレムでは他地区ほどには星条旗を見かけない。それでも、同じハーレムの中でもミドルクラスが住むエリアではそこそこ飾られている。ハーレムは近年、新興のミドルクラス層と、従来からの低所得者層との二層分化が進んでいて、実際、WTCではたくさんのミドルクラスの黒人が働いていた。けれど多くの低所得者層のアフリカン−アメリカンにとって、WTCのような世界の経済をリードするビジネス街は、縁もゆかりもない場所だったのだ。それでも「自分の国アメリカ」が攻撃されたという脅威は誰もが感じているし、やられっぱなしでは黙っていられないというアメリカ人の気質を、アフリカン−アメリカンもまた備えている。だから「国旗を振らない報復賛成派」が、彼らの間では増えてきている。


 戦争に向けて気炎をあげるブッシュ政権と、あたかもアメリカに住むすべての人がそれに賛同しているかのように煽り立てるメディア。けれど民族のモザイク=アメリカに住む人々の抱える複雑な思いを、それらは必ずしも代弁しているわけではない。

ミュージック・マガジン2001年11月号より転載




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