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2002/11/6

「ペイド・イン・フル」
@ハーレム
最近観た映画より


 10月25日に封切られた
「Paid in Full」は、1986年のハーレムを舞台に親友同士の3人のドラッグ・ディーラーの姿を描いたものです。最初は「またハーレム=ドラッグかぁ」と少々がっかりしたのですが、実はハーレムを舞台にした映画は最近はあまり作られていません。1970年代のブラックスプロイテーション・ブーム時には「スーパーフライ」を始め、盛んに作られましたが、その後は「シュガーヒル」「ジュース」、変わりダネでは「ブラザー・フロム・アナザー・プラネット」くらいでしょうか。


 ストーリーは、よくある「犯罪に手を出すと結局はイタい目に逢う」という教訓もので、まあ、目新しくはありません。けれど新進気鋭の俳優ウッド・ハリス演じる主人公の“シャイなドラッグ・ディーラー”振りが実に素晴らしいのです。彼の演技とハーレムの街並みを観るだけでも充分にモトは取れます。


 ウッド・ハリスは、こちらのケーブルTV局HBOの
「The Wire」(*1)では、顔色ひとつ変えずに人殺しをする非情なドラッグ・ディーラーを演じていました。ところがこの「Paid in Full」では、クリーニング屋に勤めていた地味な青年が成り行きからディーラーとなり、大物になっても人の好さと内気さは相変わらず、という役どころ。純朴さ丸出しの照れた笑顔などは、「The Wire」でのシャープな演技を先に観ていた観客には衝撃に近いものでした。このウッド・ハリス、スポコンの苦手な私は観ていないのですが、デンゼル・ワシントン主演のフットボール映画「タイタンズを忘れない」にも出ているようです。


 ところで、この映画のポスターではウッド・ハリスよりも認知度の高いメキ(メカイ)・ファイファー(*2)が、まるで主役のように真ん中に収まって写っています。彼が演じるのは陽気でハデな人気者のドラッグ・ディーラーで、ややタイプキャストですね。(そういえば、彼は先月からはあの「ER」で医者を演じていますし、エミネム主演映画「8マイル」では、なんとドレッドロックで“アニキ”な役をやってます)もうひとりの主要キャストはラッパーのキャムロン。こちらは短気で人を殺しまくるディーラー役ですが、彼は本当にハーレム出身。この3人が1986年のハーレムをバックに披露してくれるオールドスクール・ファッションは楽しいです。(キャムロンの衣装はちょっと90年代風ですが)


 他に80年代を物語るディテールとしては、現在もハーレムに住むオールドスクーラー、ダグ・E・フレッシュがカメオ出演。あと、アル・パチーノ主演のギャング映画「スカー・フェイス」に黒人ディーラーたちが感化され、過激な殺人が流行るというくだりがあります。これは実話で、壮絶な殺人シーンだらけのこの「スカー・フェイス」は、いまだにラッパーたちのフェイバリット・ムービーNo.1なのです。以前、MTVのアメリカ版「スターのお宅拝見」のような番組「Crib」のラッパー編を見たのですが、大物ラッパーたちの豪邸に「アル・パチーノ祭壇」が飾られていたのを覚えています。


 この映画で気を付けて見て欲しいところは、成功したディーラーたちのライフスタイルです。止めどもなく流れ込んでくる札束は黒いゴミ袋に詰め込まれ、それが部屋の隅で山積み状態。それでも3人はハーレムに留まり、ハーレムこそが彼らの生活の全てであることを見せます。夜中にハンバーガー・スタンドの前に集まって騒ぎ、高価なスポーツカーを買っても(当時は四駆はまだ流行っていませんでしたね)乗り回すのはハーレムの中だけ。食事も近所にある安い中華料理屋のテイクアウトです。多くの黒人は自分たちのコミュニティを出ることができないのです。特にディーラーのように低学歴の者は、子供の頃からハーレムを出るチャンスがありません。自宅と学校と、近所のバスケットコートと、ジャンクフードを買い食いする食料品屋だけが彼らのテリトリーなのです。


 彼らはハーレムから外に出ることに対して、私たちには想像し難いほどの心理的なプレッシャーを感じています。彼らにとっては自分たちのコミュニティこそが“安全地帯”に思えるのです。なぜならハーレムの外は自分たちを抑圧する世界だからです。今時、黒人がダウンタウンに出掛けたからといってリンチに合うようなことはもちろんありません。それでもブティックに入れば万引きをするかもしれないと警備員に後を付けられ、タクシーに乗りたくて手を挙げても停まってくれない…、こういったことが重なると、それを人の気持ちを押し潰していきます。


 それにしてもハーレムの街並みは、なんとも言えない独特の枯れた雰囲気を持っています。ごくありきたりのストリートが写っただけで「あ、ハーレムだ」と分かります。クラシックな外観のアパートメント・ビル、スティープと呼ばれる建物入り口の階段、そこにたむろする人々。ハーレムは本当に絵になる街です。さらに自分の知っている場所が画面に登場しようものなら地元民としてはやはり嬉しさ倍増で、ハーレムのマジック・ジョンソン・シアターでは観客も盛り上がっていました。


「Paid in Full」に登場する古いグラフィティ
冒頭に出てくるハンバーガースタンドの近く
著者撮影


 この作品を監督したのはチャールズ・ストーン三世。日本ではオンエアされなかったようですが、一昨年のバドワイザーのTV-CMに「Whassap?!」というのがありました。若い黒人男性5人が自宅でくつろぎながらお互いに「ワサ〜ップ?!」をひたすら繰り返すだけの、まったく他愛のない馬鹿馬鹿しいCMなのですが、これがなぜか可笑しくて、可笑しくて、大ヒットとなりました。


 このチャールズ・ストーン三世、以前はア・トライブ・コールド・クエストなどのPVを作っていたそうですが、「ワサ〜ップ?!」で瞬く間に時の人となり、このたび「Paid in Full」と、もうすぐ公開になる「Drumline」で、ハリウッド映画2本連続デビューと相成ったのです。彼のバイオについて詳細は分からないのですが、おそらくハーレム出身ではないかと思われます。「Paid in Full」での愛情溢れるハーレムの描写がそう思わせます。また「ワサ〜ップ?!」CMの原型となった彼のショート・フィルムはハーレムの友人宅で撮影されていますし、次作「Drumline」はハーレムの天才ストリート・ドラマーがマーチング・バンドに参加すべく奨学金を得て南部の黒人大学に進学するという物語です。ということで、次回は12月13日封切り予定の「Drumline」のレビューを乞うご期待ください。


*1=「The Wire」はボルティモアのプロジェクト(低所得者団地)を根城にするドラッグ組織 vs 麻薬捜査班の話。ドラッグ・ディーラーたちのキャラクターが複雑に作ってあり、とても優れたドラマです。「スラム」のソーニャ・ソーンがレズビアンの黒人刑事、「ストレート・アウト・オブ・ブルックリン」のローレンス・ギリアードJr.がディーラーのひとりを演じるなど、ほとんどオール・ブラック・キャストです。日本で放映されたら是非観てみてください


*2=日本ではメキ/メキー/メキーヒ/マカーイ/マーカイと表記が混乱していますが、Mekhi is pronounced "Meck-high" ということで、メカイ・ファイファーが近いでしょうか



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