NYBCT

2000/10/13

スパイク・リーの新作
Bamboozled
ちびくろサンボが消えた理由


10月6日、ニューヨークでスパイク・リーの新作「Bamboozled(バンブーズルド)(注1)」の公開が、全米に2週間先駆けて始まった。これは“ミンストレル・ショー”を使って、現在の黒人向けテレビ番組を痛烈に皮肉ったコメディ映画なのだけれど、アメリカではミンストレルというだけで、もう大方の人間が驚いたり、スパイク・リーが、またもや論争的な作品を作ったか、とため息をついたりする。


ミンストレル・ショーとは、俳優が顔を黒く塗って“陽気で間抜けな黒人”になりすまし、ドタバタ・コントをしたり、歌ったり踊ったりする娯楽ショー。1828年に白人俳優によって初めて舞台上演された後、黒人俳優も行うようになり、また舞台から映画やテレビ番組へと形態を変えつつ1950年代頃まで続いた。しかし現在は黒人差別としてタブーになっている。そのいわく付きのミンストレルを、スパイク・リーは埃の被った古い戸棚から、わざわざ引っ張り出してきたのだ。             

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(あらすじ)…ハーバード大卒の黒人エリート・テレビ局員ピエール(デイモン・ウェイアンズ)は、黒人通を気取る白人上司(マイケル・ラパポート)からプレッシャーをかけられ、どうしても黒人視聴者向けのヒット番組を作り出さねばならない状況に。考え苦しんだ揚げ句に、ピエールはアシスタントのスローン(ジェイダ・ピンケット・スミス)と共に、ホームレスのストリート・パフォーマー・コンビ(セイヴィオン・グローヴァー(注2)、トミー・デヴィッドソン)を使い、「マンタン〜新世紀のミンストレル・ショー」を始める。これが瞬く間に大ヒットとなるが、同時に意識の高い黒人視聴者からは猛反発を買う。特に、ビッグ・ブラック(モス・デフ 注3)率いる過激な黒人主義ラップ・グループや、アル・シャープトン師(実在のニューヨーク/ハーレムの黒人リーダー)、ジョニー・コークラン(О.J.シンプソンの弁護も手掛けた実在の弁護士)たちが反対運動を巻き起す。テレビ作家としての成功と、アフリカン・アメリカンとしてのアイデンティティとのはざまで苦しむピエール。やがて、事態は思わぬ方向へと…。             

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こう書いてしまうと、あっさり、いかにも在りがちな話に聞こえるけれど、実はスパイク・リーのこれまでの作品の中で最も過激な内容。だけど日本人視聴者にとっての焦点は、黒人はなぜ黒塗りのミンストレル・ショーを嫌うのか、50年も100年も昔のことであるミンストレル・ショーに、黒人はなぜ、いまだに過敏なのか、ということだろう。ただ日本でミンストレルといっても、あまり馴染みがないのだけれど、これは「ちびくろサンボ」に置き換えると分かりやすい。日本でもサンボの絵本は数年前にいきなり絶版になり、いまだに、その是非が議論され続けている。


サンボの物語は楽しくて、実は黒人の子供たちにも愛されていたし、充分な論議がなされないままでの、いきなりの絶版は論外だった。これは確か。だけどサンボの問題は、黒人特有の黒い肌や厚い唇、縮れた髪の誇張と、“陽気で間抜け”というステレオ・タイプ化された黒人の性格付けにあった。では、なぜ黒人は、歴然とした肉体的特徴である“黒い肌、厚い唇、縮れた髪”の誇張を嫌うのだろう?


金髪碧眼で、そばかすだらけの白人の女の子のイラストを見せても、白人は誰もそれを差別的だとは思わない。それは白人には、白人であるというだけの理由で差別された歴史や経験がなく、したがって彼らには、人種的特徴を誇張したイラストを見ても、笑って受け流すだけの余裕があるのだ。それに対し、黒人は400年前から西暦2000年の現在に至るまで、黒人であるというだけの理由で見下され、からかわれ、蔑まれ、差別を受け続けている。その何世代にも渡る歴史的事実と、そこから派生する自己嫌悪という負のメンタリティ。それが黒人がサンボやミンストレルに過敏に反応する理由。そして、それは黒人差別が完全に無くなる日までは消えないだろう。            

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スパイク・リーは劇中に、これでもか、というほどにミンストレル・ショーのシーンを挿入し、またセットに大量のアンティーク・サンボ人形を置いて、観客に見せつける。かつてのミンストレル全盛時には観客の爆笑を誘った黒塗りフェイスによるコントとダンスだけれど、映画館の客席のほとんどを占める黒人客は、もう誰も笑わない。笑うどころか、みんな何とも言えない複雑な思いで、無言のままスクリーンに映るブラック・フェイスを見つめている。             

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現在、アメリカのテレビではシリアス・ドラマへの黒人俳優の出演が少ない代わりに、オール黒人キャストによるシットコム(コメディ・ドラマ)が、かなりの数、放映されている。マルコム&エディやジェイミー・フォックスなどの人気コメディアン、ブランディやLLクールJといったシンガーやラッパーたちが主演し、他愛のないコメディを日々繰り広げている。映画を見終わったアフリカン・アメリカンの一人が言った。「今のブラック・シットコムは昔のミンストレルと違って、誰も黒塗りなんかしていないし、みんなちょっとリッチで、ちょっとお洒落だ。だけど、あれは、やっぱりステレオ・タイプ化された黒人キャラクターによるミンストレルなんだよ」


注1:bamboozled=罠にかけられた、トリックやずるい手にひっかけられた、という意味のスラング

注2:セイヴィオン・グローヴァー=コカコーラのCMにも出演していたドレッドロックとジーンズのタップ・ダンサー

注3:劇中にモス・デフのラップ・シーン有り。

映画の公式サイト:http://www.bamboozledmovie.com/
ピカニーニ(黒人の子供に対する蔑称)を描いたショッキングなポスターの通販、スパイク・リーへのインタビュー、アニメ版サンボのクイックタイム・ムービー、ミンストレル・ショーの歴史などを掲載。(全て英語)

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