NYBCT

1999.9.5

隠れブラックムービー
『アウト・オブ・サイト』
スパイスの効いたブラック&ヒスパニック・アクターたち



 
本題に入るまえに、なんだか不穏な最近のニューヨークについて。 
ニューヨークでは現市長ジュリアーニの就任直前から劇的に犯罪率が下がり続け、いまやすっかり安全な観光都市のイメージが定着しているが(いや、そうでもないか。NYに行くと言うと相変わらず「危ないとこだから気をつけてね」と言ってくれる人がいるなぁ)、今年の夏に入ってから何故か殺人事件だけが急増している。
例えばブロンクスで17才のギャングが24才の敵方ギャングを撃った際に、11才の少年が流れ弾にあたって死亡。ちなみに映画でよく見かける、走行中の車のウィンドウから相手を撃ってそのまま走り去るシーン。あれを“ドライヴ・バイ・シューティング”と言うのだけれど、今回は自転車によるドライヴ・バイだったとのこと。犯罪の低年齢化を如実に物語るエピソードだ。
 
今年の夏はこういった殺人事件が相次ぎ、これが一般市民だけではなく警官たちをも神経質にしてしまったようだ。相手を撃つほどの事件や状況ではなくとも、警官たちはいとも簡単にピストルを抜き、相手を射殺している。
例えばブルックリンのユダヤ人地区で精神障害を持った31才の男がハンマーを振り上げて暴れたとき、駆けつけた4人の警官は合計12発を発射して男を死なせている。またハーレムでタクシーの乗り逃げをした男を、やはり警官が撃ち殺している。いずれも犯罪取り締まりのプロとしての判断に基づいて撃った訳ではなく、無我夢中の条件反射で撃ってしまったということは明白だ。
 
今年の夏、ニューヨークは異常に暑かった。暑さはやはり人を苛立たせる。ハーレムのある住人はインタビューに答えて「今年の夏、若者たちは荒れていた」と語っていた。貧困と暑さがマイノリティの若者たちを苛立たせ、それが殺人を含む数々の事件を引き起こし、その結果として警官たちが過剰防衛に走る。なんとも言い様のない悪循環。21世紀も間近の文明社会とは言っても、人間も所詮はあまたいる動物の一種に過ぎず、自然の采配には勝てないのである。
 
気分が滅入ったので本題に入る。
 
発見! ごくフツーの白人主演のアクション映画に見せかけておいて、実は残りの配役がオール・ブラックor ヒスパニックという隠れブラック・ムービー
「アウト・オブ・サイト」
 
「ER」のプレイボーイ・ドクター役で大スターとなったジョージ・クルーニーと、今やシンガーとしても大成功、輝けるニューヨリカン(ニューヨーク・プエルトリカン)の星ともいうべきジェニファー・ロペスが主演。
なぜかビデオのジャケット・デザインがダサダサB級アクションっぽくて、うっかり見落としてしまいそうになったけれど、実はこれ、あのスティーヴン・ソダーバーグ監督作品、しかも原作はエルモア・レナードなんである。ここからはしばらく説明口調になってしまうけれど、まずソダーバーグ監督とは、デビュー作「セックスと嘘とビデオテープ」でいきなり89年のカンヌ・グランプリを取ってしまった才人。すでに中堅どころとなった今でも斬新なショットがインディーズ・ムービーを思わせる新感覚派。
 
一方、原作のエルモア・レナードとはハードボイルド小説の超人気作家。と言ってもトレンチコート着たニヒルな探偵が霧雨に濡れていたりする類いのものではなく、西海岸とかフロリダとか、アメリカの天気の良い地域に生息するアロハ着たチンピラ小悪党たちをスタイリッシュ兼ユーモラスに描く達人。彼の小説は映画の原作としても人気があり、クエンティン・タランティーノが「ジャッキー・ブラウン」を映画化しているし、トラボルタ&ダニー・デ・ビートの「ゲット・ショーティ」もレナードが原作。
 
さて、今回の「アウト・オブ・サイト」のあらすじは…
武器を使わず、頭を使う。それがポリシーの銀行強盗ジャック(ジョージ・クルーニー)はまんまとフロリダの刑務所から脱獄するが、成り行きでFBI捜査官カレン(ジェニファー・ロペス)を連れて逃げるハメになる。ジャックは一目でカレンに恋をしてしまうが、次の大仕事に向けて頼れる相棒の黒人バディとデトロイトへと向かう。マヌケなキューバ人脱獄囚と手品師である元妻をクリアし、なんとか厳寒のデトロイトに到着。その後は脳みそカラッポでいつも半泣きの情けない裏切り者グレン、ボクサー上がりの黒人凶悪犯スヌープと、その義兄でなぜかいつも消防士スタイルの女好きケネス、ハゲの大金持ちとその愛人、そしてジャックを追ってきたカレンも含めてひと騒動、そして……。こう書いてしまと、なんだかミもフタもないストーリーだな、これ。
 
しかし、そこはさすがにエルモア・レナード。登場人物ひとりひとりのキャラクター設定がうまい。そしてソダーバーグ監督。ストップモーションの使い方がクール。
 
監督と原作者はさておき、以下が主要ブラック&ヒスパニック・アクター。
 
主役であるジョージ・クルーニーの相棒役は、いつも頼れるタフガイ、NY出身のヴィング・レイムス。そう言えば「ミッション・インポッシブル」(96年)に出てたな、この人。来年公開予定の「ミッション・インポッシブル2」にも出るはず。あとニコラス・ケイジ主演「コン・エアー」(97年)や、オリンピック残念でしたのジーナ・ディヴィス&サミュエル・L.ジャクソンの「キス・オブ・デス」(95年)など、ハリウッド製ビッグ・バジェット・ムービーでよく見かける。
 
ボクサー上がりの半キチ凶悪犯はドン・チードル。小柄でハンサムでもないけれど、いつも脇でいい味出してる俳優。デンゼル・ワシントン主演「ブルードレスの女」(95年)での無邪気な殺し屋マウス役は主役のデンゼルよりも光ってた。32才で高校生役にチャレンジしたバスケ物「リバウンド」(96年)はちょっと辛かったけれど。あんな辛気臭いティーンエイジャー見たことない。でもバスケは上手かった。
 
そのドン・チードルの義兄で異常な女好きを演じているのがイザイア・ワシントン。なんか信用できない感じの二枚目。ハンサムなんだけれど、眼がちょっとコワい人。最近ヒットしたお洒落なブラック・ラヴ・ロマンス映画「ラヴ・ジョーンズ」(97年)に主人公の友人で、奥さんに出ていかれる情けないインテリ役で出てた。あとスパイク・リーの作品には小さな役でしょっちゅう出ている。ということはニューヨークをベースに活動しているということでしょう。
 
主人公に騙されて脱獄を手伝わされるまぬけなキューバ人受刑囚がルイス・ガズマン。醜男・チビ・太鼓腹と三拍子揃った名バイ・プレイヤーで、ニューヨークを舞台にした犯罪映画の常連。キューバ系ギャングと言えばこの人、みたいな。アル・パチーノ「カリートの道」(93年)とか。
 
FBI捜査官役のジェニファー・ロペスが頼るデトロイトの刑事がポール・カルデロン。やはりニューヨーク出身の長身で声の良いヒスパニック・アクターで、ニューヨークの犯罪物にはほんとによく出ている。たいていはお洒落な犯罪者か刑事。スパイク・リーの「クロッカーズ」(95年)、クリストファー・ウォーケン主演「キング・オブ・ニューヨーク」(90年)とか。演技力あるからおかま役もハマったてなぁ、シドニー・ルメット監督の「殺人調書Q&A」(90年)。
 
おまけに最後の最後、ほんのチョイっとサミュエル・L.ジャクソンまで出てる。わずかワン・シーンでこの存在感。流石のひと言。
 
ヴィング・レイムス、ドン・チードル、イザイア・ワシントン、ルイス・ガズマン、ポール・カルデロン。映画をよく観る人なら「名前は知らないけれど、そう言えば何回か観たことあるなぁ」きっとそう思う名バイ・プレイヤーたち。
 
彼らのディスコグラフィーを眺めていると、意外にもお互いに共演していることが多い。例えばタランティーノの「パルプ・フィクション」。ついついサミュエル・L.ジャクソンの強烈なヘア・スタイルに目が向いてしまうけれど、ヴィング・レイムスとポール・カルデロンも出ている。ニック・ノルティが汚職刑事を演じた社会派作品「殺人調書Q&A」ではポール・カルデロンとルイス・ガズマン。スパイク・リーの「クロッカーズ」ではやはりポール・カルデロンとイザイア・ワシントン。
ヴィング・レイムス以外は主役タイプではないけれど、みんなそれぞれにユニークな味があって演技力も確か。だから脇役としてはひっぱりだこなのだ。ただマイノリティでバイ・プレイヤーとなると、どうしても出演作品が犯罪物に限られてくる。これがほんとに残念。血の出ない映画で彼らを見たいものです。


 


What's New?に戻る
ブラックムービーに戻る

ホーム