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2001/12/03

ウィントン・マルサリスと子供たち
絵本・ジャズ・黒人史



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 ジャズ・ミュージシャンのウィントン・マルサリスが、ハーレムYMCAで子供のための絵本の朗読会を開いた。


 マルサリスは10代のうちからその才能を広く世間に認められ、現在弱冠40歳にしてジャズ・シーンを代表する大物トランペッター。当初、マイルス・デイヴィスの系譜を継ぐスタイルや、常にスーツ姿であることなどから“新伝承派”と呼ばれて絶賛された一方で、一部の批評家やミュージシャンからは、新しいものを生み出しているわけではないと批判されることもあった。けれどその存在感は大きく、また音楽に対する知識の豊富さでも知られ、現在はニューヨークのリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラのディレクターを務める。さらに子供への音楽教育にも熱心で、今回のようなイベントも多く手掛けている。ニューオーリンズの音楽一家の出身で、父エリス、兄ブランフォードも共にジャズ・ミュージシャン。

ウィントン・マルサリス

 土曜日の朝10時。YMCAの、普段は保育園として使われている一室に50人ほどの子供たちと、その親が詰めかけた。床に敷かれた丸いカーペットに座り込んだ子供たちは、超有名ミュージシャンのマルサリスが登場しても特別な反応は見せない。それはそうだ、子供たちはジャズなんて聞かないのだからマルサリスのことも知らない。部屋の後ろに並べられたパイプ椅子に座っている大人たちのほうが嬉しそう。


 いつものようにスーツ姿のマルサリスは、やった! トランペット持参だ。「今日は来てくれて、どうもありがとう」と簡単な挨拶を済ませたマルサリスはリラックスした様子で、さっそく伝説のジャズ・ミュージシャン、チャーリー・パーカーの伝記絵本を読み始めた。ストーリーに合わせて、合間に短くトランペットを吹く。


 2冊目の絵本は、ヘナチョコ・トランペッターの物語。
 「ドラマーは、いつも必死の形相で叩いているだろ?」と、顔をしかめてドラムを叩くジェスチャー。子供たちが笑う。その後も、いろいろな楽器を演奏する振りを続け、最後には「トランペットがいちばんクールだ」とシメる。ここでは大人が笑う。


 そしてQ&Aタイム。何人かの子供たちが手を挙げて、マルサリスが指名する。「次は、君」。
 「いつからジャズを演っていますか?」タイレルが訊く。8歳にしては大人びた質問だ。
 「34年前から。6歳の時に父がトランペットをくれたんだ。ニューオーリンズはニューヨークなんかと違って差別がたくさんあって、父も苦労していた。けれどいつも音楽をプレイしていたんだ」。


 「トランペットの値段は?」と、タイレルの兄マークが訊く。これも10歳にしてはいやに現実的。
 「うーん…。最初に買ったのは300ドルくらい。でも、今は800ドルくらいかなあ」。マルサリスほどの大物になると楽器を自分で買ったりはしないから、値段なんて判らないのだ。


 最前列に座っている6歳のラティーシャが「メロディを吹いてみて」と頼む。途端にマルサリスは「日本のメロディ」「フランスのメロディ」などを次々と短く吹いてみせる。最後にはブルースを吹いたのだけれど、トランペット1本でこんなにもエモーショナルなブルースをプレイしてしまうとは…。素晴らしいものが聴けた。ラティーシャに感謝。


 これ以外にもヒップホップとジャズの違いについての話は興味深かった。ドラム(ビート)、コール&レスポンス、ブレイクなど、ヒップホップはジャズからの影響を受けているけれど、ジャズには特有のものがある。それは「やかましく演奏しないこと」。ジャズは常に他のミュージシャンの演奏を聴き、バンドとして演奏することをしなければならないと言う。マルサリスはやはりジャズの人だから、なんとなく「ヒップホップよりジャズのほうが偉いんだぞ」的ニュアンスがあって微笑ましい。

・・・・・

 最後に読んだ絵本は、アフリカから連れて来られた奴隷たちが、苦難の生活の中でもアフリカン・ドラムのビートを伝え続けた物語。マルサリスは最初に「奴隷というのは、お金がなくて農場で働かなければならなかった人」と説明した。実は10歳くらいの子供なら奴隷の歴史については既に学んでいるのだけれど、この日はもっと小さな子供たちもいたので、それを配慮しての言葉。けれど奴隷船の真っ暗な内部を描いたイラストのページを、マルサリスは子供たちに見せた。


 ここで話は少し脇道に反れるけれど、アフリカン−アメリカンの子供たちは折りに触れ、こうやって自分たちの祖先の奴隷としての歴史を学んでいく。また公民権運動についても然り。学芸会で当時の有名な人種差別反対デモなどを再現することもある。


 奴隷という特殊な過去を持つアフリカン−アメリカンがそれを学ぶことは確かに必要だ。ただ気になるのは、「差別された者」が語る歴史には当然「差別した者」が登場するわけで、つまり子供にも自然と「差別した者=白人=敵」という図式がすり込まれていくということ。


 それはともかく、ウィントン・マルサリスのような超多忙な(平均睡眠時間は3〜4時間とか)一流ミュージシャンが、たった50人の子供に絵本を読み、音楽の素晴らしさを伝えるためにやってきた。この「次世代(子供)に文化を伝える義務感」はアフリカン−アメリカンに限らず、アメリカ人の称賛すべき特質。


 朗読終了後は、大人たちは競ってマルサリスと写真を撮り、子供たちはドーナツとおみやげの絵本をもらい、ささやかながらみんな満足の楽しいイベントだった。

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