NYBCT

2001/10/05

ハーレムYMCAの子供たちは、今。
テロ事件後



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 あのテロ事件は、子供たちにとっては最悪のタイミングで起きてしまった。ニューヨークの公立小学校の新年度が始まったのが9月6日で、事件発生は9月11日。子供たちは長くのんびりした夏休みから急に毎日登校のルーティンに引き戻され、しかも新しい学校・クラス・友達・先生に慣れる前で、年間を通していちばん落ち着かない日々を過ごしていたところだった。小さな子供たちは、もちろん何が起こったのか具体的には判っていないけれど、それでも自分の親や社会全体がざわついて神経質になっていることは察しているはず。


 けれど子供たちはそういったことを口には出さないから、彼らの落ち着きのなさが事件の影響なのか、または例年どおりの新学期症候群なのか、いまいち判らない。でもハーレムYMCA(*)でも子供たちは、とりあえず今日も元気。


*YMCAでは小学校下校後の子供を、仕事を終えた親が迎えにくるまで預かる「アフタースクール・プログラム」を行っている。子供たちはまず宿題とおやつを済ませ、その後はアート/コンピュータ/水泳/空手など、いろいろなクラスに参加する。私はここでコンピュータ・クラスのアシスタントをしている。




●ファンタ(7歳・女の子)

 バービーの着せ替えソフトで遊んでいたファンタは、たいていの女の子が選ぶウエディング・ドレスの代わりに消防服をバービーに着せた。洋服を選んだあとは、マウスでクリックして好きな色を塗って、最後には3Dのバービーがファッション・ショーでモデルとしてセクシーに歩くという仕掛け。


 ファンタは大人しい女の子。静かな口調で淡々と「(消防服が)何色か、わたし、ちゃんと知ってるの」と言いながら、黒地に黄色のラインを正確に塗った。WTC現場の救出・復旧作業シーンや、たくさんの亡くなった消防士のニュースをテレビで頻繁に見ているのだろう。




●ジェイミー(7歳・男の子)

 ジェイミーは物事が思い通りにならないと相手に悪口を浴びせたり、壁を蹴ったりして暴れることもある子。それでも前学期の終り頃にはずいぶんと落ち着いてきて、他の子供と同じソフトでいっしょに遊ぶことも出来るようになっていた。けれどここ最近、彼はまた元の“聞き分けのないジェイミー”に戻ってしまった。ひとりで廊下の隅にしゃがみ込んでいる彼を見かけることも多い。


 先週、自分のクラスをこっそり抜け出したジェイミーがコンピュータ・クラスにやってきた。その日は5〜6歳児がコンピュータを使う日だった。


ジ:「コンピュータやりたい」
私:「ジェイミー、いくつになったの?」
ジ:「7歳」
私:「今日は5〜6歳の日だからダメ。明日が7〜8歳の日だから」
ジ:「ぼく、ぼく、6歳! 間違えてた! 6歳!!」
私:「嘘をつくのはいちばん悪いことって知ってる?」
ジ:「ぼく6歳だもん!! コンピュータやらせてー!!」


 地団駄を踏むジェイミーを7歳児クラスにいったんは追い返した。しばらくすると、今度は新任の学生インターンの先生を連れたジェイミーが入り口に立っていた。事情や時間割りををまったく知らないインターンが私に言う。「この子、コンピュータ・クラスに入れてやってくれませんか」ジェイミーは横で得意満面のにこにこ顔で立っている。(もちろん、私はジェイミーを再度追い返した)


 ジェイミーがどうやってインターンを言いくるめたのかは判らないし、落ち着きが無くなっていることも確かだけれど、去年に比べて成長していることも、また確か。だってこんな悪知恵は去年のジェイミーにはなかったのだから。




●シャリース(5歳・女の子)


 小さくて、ぽっちゃりしていて、5歳になったばかりにしては、おしゃべりが猛烈に達者なシャリース。今年から小学校付属の幼稚園に通いだしたばかりだけれど、初日にいきなり「幼稚園キライ!」と宣言する、はっきりした性格の持ち主でもある。


 ところで、最近の黒人の女の子の名前には似たものがほんとうに多い。ラティーシャ、ラキーシャ、シャニークワ、シャリース…。で、ついうっかりシャリースをシャニークワと呼んでしまった。するとシャリースは丸い顔をきっと上げて「わたしはシャニークワじゃない!」と全面抗議。あわてて謝ったものの、もう遅かった。子供にとって先生に名前を覚えてもらうことは、大人が想像する以上に、相当に重要なことなのだ。


 その直後、フリーズしてしまったシャリースのコンピュータを直している最中に、彼女が横から小さな手を延ばしてキーを叩きだした。やめなさいと言うと、シャリースの大反撃が始まった。


シ:「あんたこそ、静かにしな!!」
私:「そんな話し方、してはいけないでしょ!」
シ:「口答えするんじゃないの!!! あんたこそ私の言うことを聞きな!!!」
私:「……」


 これは私が彼女の名前を呼び間違えたことから起ってしまったことなのだけれど、それにしてもこのボキャブラリーはふつうの5歳児のものではない。シャリース自身が母親(もしくは彼女を育てている大人)から毎日言われている(怒鳴られている)ことを、そのまま正確にコピーしているのだ。


 しばらくしてから5歳児のクラスをのぞくと、シャリースは教室の隅っこで静かにお絵描きをしていた。私を見ると小さな声で「ごめんなさい」と言った。


 子供たちが落ち着きを取り戻すには、きっと、もうしばらくはかかるだろう。



*文中の名前は全て仮名。

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