ハーレム

2001/08/23

ニューヨークのジャズ
〜その現実〜

 タイムズ・スクエア駅はマンハッタンの中央に位置し、何本もの地下鉄路線が交わる巨大な駅。当然、乗降客が多く、もうひとつの大型駅グランド・セントラル・ステーションとのシャトル線に駆け込み乗車をする人、マンハッタン西側を走るA/C/E線のホームを目指して長い地下通路を急ぐ人、クイーンズからのN/R 線を降りてマンハッタン縦断の2/3線に乗り換える人など、どこを歩いても人・人・人の波と渦。


 そんな大量の乗降客を見越して、ここでは数多くのストリート・ミュージシャンが演奏する。ブルース、ゴスペル、ロック、ハウス、ラテン、さらにはフィドルや中国の横笛といったマイナーなエスニック・ミュージック…。彼らが人の多い駅で演奏する理由は、まず第一にチップが稼げるということ。さらには大きなステージで演奏するチャンスのない“売れない”ミュージシャンたちが、人前でプレイすることの快感を味わえる、ということもある。


 ある日の午後、ブルックリン−ハーレム−ブロンクスを繋ぐ2/3線のアップタウン(上り)ホームで、ひとりのジャズ・ドラマーがソロ演奏をしていた。それを同じく2/3線のダウンタウン(下り)ホームから眺める。ダーク・スキン(*)の若い黒人男性。短いドレッドロックに黒いランニング・シャツ姿。ドラマー特有の、細身だけれど引き締まった二の腕。ドラム・セットの胴体も光沢のある黒。そして激しいジャズのビート。プラットホームで彼の居るそこだけが、異様に“黒い空間”となっていた。


 かなりアグレッシブなソロだから音量も大きく、だから向かいのプラットホームからも十分に聴くことができる。それでも人々は、ほとんど興味を示さない。ニューヨークの大型駅であるにもかかわらず空調設備が調っておらず、異常に蒸し暑いホームを、人々は無関心に通り過ぎ、ただただクーラーの効いた列車の到着を待つ。なぜなら、彼が叩き出しているリズムが“ジャズ”だから。


 ニューヨークはジャズの本場だと、よく言われる。けれどジャズのそもそもの演り手であった黒人はR&Bかヒップホップに流れてしまい、ジャズを演る若手ミュージシャンは、今ではもうほとんどいない。ジャズ・クラブに行ってみても、多くのバンドは年配の黒人と若い白人(時折日本人)の混合編成だ。そして観客は日本とヨーロッパからの観光客。これが“ニューヨークのジャズ”の現状。


 アメリカ人はもう、ほとんどジャズを聴かないから、数少ないジャズ・ミュージシャンたちは食べていくのに苦労している。CDを出したり、一流ジャズ・クラブで演奏できるミュージシャンは、ほんの一握り。多くのジャズ・メンは不本意ながらレストランやパーティでBGMとしてのジャズを演ったりして生活している。そういった場では客の会話の妨げにならない静かな曲が好まれ、時にミュージシャンが熱くなってビバップなどをを演奏しようものなら、たちまち店のマネージャーが飛んできて「もっとクワイエットに!」と注文を付ける。


 タイムズ・スクエアのプラットホームで、黙々と、延々と、ひとり激しいジャズをプレイし続けるドラマー。反対側のホームから眺めているとやがて列車が入ってきて、そしてドラマーの姿は見えなくなった。


(*)ダーク・スキン=黒人のなかでも色の濃い(黒い)人を指す言葉。色の薄い(白い)人は“ライト・スキン”と呼ばれる。どちらも日常的に使われる言葉。
「マリークって人、知ってる?」
「ええ、あのダーク・スキンな人ね?」

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