NYBCT

2001/07/26

ハーレムに転がる血まみれ死体
TVが見せる「リアルなハーレム」とは?


 ハーレム150丁目は、南北に走るアベニューが二股に分かれていて、道幅が広い割りには交通量が少ない。舗道ではいつも近所の住人が立ち話をしていたり、椅子を持ち出してお互いの髪を編んでいたり、若い男たちがラジカセを鳴らしていたり、ここはそんなコミュニティ。


 その150丁目にTVドラマのロケがやって来た。機材を積んだ大型トラックが10台近くもやってきて、3日間に渡って1ブロックをまるごと交通止めにし、まるで映画のような大掛かりな撮影となった。最近、日本でも放映されている「The Third Watch」というこのドラマは、ニューヨークのパトロール警官や消防隊員の姿をリアルに描いた人気番組で、そのテーマから必然的に路上でのロケ・シーンが多い。今回のロケも、まずはストリートでの殺人シーンから始まった。


 角に小さな食料品屋がある。ジュースやパン、缶詰めなどを売っている小さな店。ハーレムならではの商品と言えば、ビールより安いモルト(発泡酒)、それにバラ売りの煙草や葉巻だろうか。そんなハーレム中のどこにでもある食料品屋の店先に、撮影用のパトカーが止められている。フロントガラスは割れ、ボンネットには血まみれの死体(役の俳優)が横たわっている。そのシーンの撮影が終ると死体はさっさと起き上がり、てきぱきと次のシーンの準備が始まる。


 今度は主人公の若い黒人警官と中年の白人警官のコンビがパトカーに乗り込み、食料品屋の前から車を出そうとするが、声を上げて抗議する大勢の住人に取り囲まれてしまう、というシーン。撮影はコマ切れで行われるので、住人が何に対して抗議しているのかは判らない。けれど警官とマイノリティ・コミュニティに暮らす人々との感情の衝突は、ニューヨークではよくあることだ。とはいっても、住民によるこんなにも堂々たる抗議の場面は、実際にはほとんど見かけないけれど。


 翌日はダンバー・アパートメントという歴史ある、けれど今は低所得者の多く住むビルの前での撮影。ビルの入り口から主人公の警官二人が出て来る。その「背景」として、これでもか、と言わんばかりの「ハーレムな」風景が用意されていた。雲ひとつない炎天下、消火栓から勢いよく吹き出す水。上半身裸で、その水を浴びて遊ぶ子供たち。通行人役の若い男はバスケットボールを抱えている。同じく通行人役のカップルは、二人揃って大柄で太っている。


 主人公抜きで通りの風景のみを撮影した際には、あらかじめ用意されていた乗用車、バス、トラックが車道にバランスよく配され、舗道には通行人役のエキストラ俳優たちが50人ほども散らばった。アシスタント・ディレクターらしき人物が、そのエキストラに立ち位置や歩く方向を盛んに支持している。エキストラの多くはもちろん黒人で、中にはアフリカ風のドレスを着た女性もいた。


 ところで、食料品屋の向かい側には空きビルがある。その空きビルの軒先には古いテーブルと椅子が置いてあり、近所の老人たちが、いつもひがな一日座っている。ロケの間もいつもの席に陣取り、朝からずっと撮影風景を眺めていた老人のひとりが、エキストラ撮影の最中に、いきなり声を上げた。
「ここに本物の住人がいるぜ! わざわざアフリカン・ドレスなんか連れて来なくてもよぉ!」


 いくら「リアリティ」が売り物のドラマとは言え、結局は演出の積み重ね。本物のハーレムの住人にとっては、所詮良く出来た「偽物」に過ぎなかったのだ。


▲▲▲ 堂本かおる・最近のお仕事 ▲▲▲

 週刊金曜日8/3号(同日発売)より、本多勝一氏による連載「アメリカ合州国は変わったか〜32年目の旅〜」が始まります。


 これはジャーナリストである本多氏が1969年に書いたベストセラー「アメリカ合州国」のその後をたどった内容で、今回のハーレム取材は私が案内役を務めさせていただきました。
連載第一回から私も文中/写真(!)に登場予定です。写真撮影は、あの「ハーレムの熱い日々」の著者でもあるフォト・ジャーナリストの吉田ルイ子氏です。


●「週刊金曜日」¥500
1993年の創刊以来、常に論議を呼ぶテーマを特集してきた硬派週刊誌。
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