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2001/04/03

ハーレム150丁目の風景 #01

 通りの角に小さな食料品屋がある。品揃えが良くないので普段は使わない店だけれど、その日はスーパーで買い忘れたライ・ブレッドを買うために、夫と立ち寄った。


 レジの前にアフリカン−アメリカンの50年配の女性が立っていた。私と夫を見ると驚いた顔をし、いきなり賑やかな声で夫に話しかけてきた。
「この子、あんたの娘さん?」
 私はアジア人、夫はアフリカン−アメリカンである。あまりにも唐突な質問に夫も一瞬たじろぎ、それでも相手に合わせて笑いながら答えた。
「いや、妻なんだけど」
「え? 奥さん? だって彼女、チャイニーズじゃない!」
 これにはアラブ系のキャッシャーも苦笑。私が中国人かどうかはさておき、アジア人は黒人の妻には成り得ても、娘ではあり得ない。おばさんの言っていることは理論的には無茶苦茶。そんなことは本人も判っている。要は私たちを見て驚き、その関係をどうしても知りたかったが故に、とっさにとんでもない質問をしてしまったのだ。
「まぁ、奥さんなの! なんと、まぁ!!」相変わらず賑やかに笑いながら、おばさんは店を出ていった。

・・・・・

 別のある日。同じ食料品店に、今度は一人で行った。何か飲む物が欲しくて、家に帰る前に立ち寄ったのだ。


 チョコレート・ソーダのビンを持ち、レジの脇で順番を待つ。カウンターの前で買い物の精算を待っている女性がこちらを見ている。20代半ば、ピンクのジャケット、バンダナで小さくまとめた髪。缶詰め2缶とナプキンを福祉カードで買っている。最近は生活保護費も磁気カードで支給されるようになった。小切手よりも簡便なうえ、ドラッグを買えないようにという理由だろう。
 目が合った瞬間に、彼女が私に話しかけてきた。
「どこから来たの?」無表情。アクセントからアフリカ人だと判った。
「日本からだけど」
「ここはブラック・ネイバーフッド(黒人地区)なのに、なぜ住んでいられるの? どうしてジャパニーズ・コミュニティに住まないの?」相変わらずの無表情。
「だって夫が黒人だから」と敢えて笑いながら答える。彼女は何も言わない。「実はこの近所には、私以外にも何人かアジア人が住んでいるのよ」と続ける。キャッシャーから商品を受け取った彼女は、何も言わずに店を出ていった。


 最近はハーレムにもアフリカ人が、かなり増えてきている。たいていは顔立ちや着ているものでアフリカン−アメリカンとの区別がつくし、アフリカ人同志だと部族語かフランス語で話している。多くのアフリカ人は、アフリカン−アメリカンと比べると大人しいけれど、人当たりの良い人が多く、食料品店で出会った彼女の態度には、実をいうと、やや驚かされた。


 彼らアフリカ移民がブラック・ネイバーフッドに住むのは、他に選択の余地がないからだ。もちろん、中には成功した豊かな人もいるけれど、ほとんどのアフリカ移民は貧しい。そして黒人である。だから黒人地区で、しかもアフリカ人同志で固まって暮らすしかないのだ。そんな彼らに、黄色人種が好き好んでブラック・ネイバーフッドに暮らしている理由など、理解のしようがあろうはずもない。

・・・・・

 ここには地下鉄3ラインの始発駅レノックス・ターミナルがある。ブルックリンからやって来る列車はマンハッタンを縦断してハーレムに入り、ここで折り返しとなる。到着した列車が折り返し出発するまでは10分程度待たなければならないけれど、この駅は地上にあり、車内にも陽が差し込んでくる。


 ある日、列車に乗り込むと、そこには7歳から10歳くらいまでの少年7人のグループがいて、スナック菓子を食べながら騒いでいた。近くには本を読んでいる年配の男性も座っており、彼が引率者なのかと思った。ニューヨークでは13歳以下の子供は、常に大人の監視下に置いておかなければならない法律がある。つまり子供だけで出掛けたり、留守番をしたりは違法なのだ。けれど男性は少年たちには目もくれず、黙々と本を読んでいる。どうやら他人のようだ。


 少年たちの声はますます騒がしくなり、ついに年上の1人が "Fuckin' Nigger!!" と叫んだ。これはラップの影響だ。多くのラッパーが自己卑下、自己嫌悪、もしくはそれを逆手にとったアイロニー、プライドの誇示として自らをニガーと呼ぶ。



 次の瞬間に男性が子供たちを怒鳴りつけた。「うるさいぞ!」
大きな声に一瞬は驚いた子供たちだけれど、ひるむ様子もなく口々に言い返し始めた。「なに言ってんだよー」「うるせえなー」
 男性は低いけれど良く響く大きな声で続ける。「いいか、私は料金を払って地下鉄に乗っているんだ」いかにもアメリカ人の発想である。料金を払った以上、適正なサービスを受ける権利があり、それが侵されるのは我慢できないという訳で、たとえ相手が子供であろうとも、その正論をぶつけてくる。ところが子供といえども10歳ともなると、ストリート・スマートな知恵が十分についている。
「オレたちだって払ってるさー」「そうだ、そうだー」そう言いながらも男性の剣幕に気圧されたのか、子供たちは次の車輌へと移っていった。


 少年たちと入れ替わりに車輌にやってきた車掌は「いちばん小さいのは、まだ7歳くらいじゃないか」と男性に話しかけた。これはハーレムならではの光景。ハーレムには子供が多い。たとえ男性でも、しかも独身であっても、親戚には子供が多くいるし、通りを歩いていても子供だらけなので、自然と子供の年齢を見分けるようになる。


 また、この少年たちはきちんと躾けられているとは言い難いし、7歳の子供が自分の目の届かないところにいても、それを気にかけない親に育てられている訳だけれど、それでも、ここにもハーレムの風景がある。10歳が7歳をちゃんと監視している。年上の子供が、責任を持って小さな子供の面倒を見るのだ。他の街では無くなってしまったものがたくさん、ここハーレムにはまだ残っている。


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