NYBCT

2000/08/05

ハーレムの長い夏休み
Summer Day Camp

6月下旬から始まったニューヨーク公立小中学校の夏休みも既に後半に突入。宿題もなく、ひたすら長い夏休みにハーレムの子供たちも、そろそろ飽きてきた様子が窺える。コンピュータの得意なランドルフも、いつもクォーター(25セント硬貨)をねだりにくるクリスも、7歳にしてはとても大人びたチェルシーも、みんな、なんだか退屈気な顔を見せるようになってきた。


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アメリカでは小学生を家庭に一人で放置しておくことは出来ない。当局に見つかれば親は幼児虐待罪に問われる。理由は明白だ。ストリートには麻薬や暴力の誘惑が溢れるほどあるし、自宅の中では転んでケガをしたり、火事になったりという事故が起き得るからだ。しかし、ニューヨークではほとんどの母親が働いているので、祖母同居家庭などの子供を除いて、多くの子供は長い夏休み期間中、“サマー・デイ・キャンプ”に参加することとなる。


アメリカ映画でよく、子供が夏休みに親元を離れて山や湖岸のキャンプに参加するシーンを見るけれど、あれは相当に高くつく。ほとんどの労働者階級の家庭では賄えない金額だ。だから、この“サマー・デイ・キャンプ”とは野山に出掛けることではなく、市内の託児所が朝から夕方まで一日中、子供を預かるシステムのことを言う。


サマー・デイ・キャンプ・プログラムを行っているハーレムYMCA(以下Y)には、朝8時に子供たちがやって来る。出欠を取ったら、近所の小学校P.S.172のカフェテリアまで朝食を食べに行く。Yにはカフェテリアがないからだ。食事を済ませてYに帰ってきた子供たちは5〜6才、7〜8才、9〜11才、12才以上と年齢別のグループに別れ、それぞれアート、コンピュータ、水泳、バスケ、空手などのクラスに参加する。クラスの合間には体育館でインストラクターとゲームや歌。Yには国際インターン制度があり、今年はオーストラリアとウクライナからやって来た20代の女性二人、キャシーとヴィクトリヤがインストラクターとして、朝から晩まで子供たちと過ごしている。初日には子供たちを見て「可愛い!」と言っていた彼女たちも、今ではジュリアン、アイミー、エボニー、ドミニク、ケネス、ディヴァイン、トゥーリアン、ティファニー、ジェイド、ブリトニー、アーシャ、マクフィー、ノエル、ダニエル、コートニー、アンソニー、ジャレール …100人以上もいる、やんちゃ、わがまま、泣き虫、おしゃべり、知ったか振り、生意気 … な子供たちに手を焼いている様子。ちなみに二人とも自国では黒人を見ることすら、ほとんどなかったと言う。


ランチ・タイムにはまた小学校に出向き、午後もクラスが続く。夕方5時を過ぎると、仕事を終えた親が順次迎えに来始め、7時までには全員が帰宅する。これが70日間もある夏休みの間中、続くのである。もっとも週に2回は映画やローラースケート・リンク、博物館などへの市内トリップがあるし、アメリカでは大抵の職場で2週間程度の夏休みが取れるので、親もバケーションを取り、親子でアメリカ国内旅行に出掛けたりするのだけれど、子供にとっては、とにかく長い長い“サマー・デイ・キャンプ”である。


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実はハーレムの中にも貧富の差はある。ハーレムYMCAに通ってくる子供たちは、そのほとんどが中流家庭の子供たちだ。親には会社勤めや公務員が多く、子供たちはナイキを履いていたり、CDウォークマンを持っていたりするし、比較的きちんと躾けられている。親と一緒に帰宅した子供たちは、今度は翌朝まで親の監視下で安全無事に過ごすのである。


一方、ハーレムにもプロジェクトと呼ばれる低所得者用アパートがたくさんあり、そこに住んでいる子供たちの親にはキャンプ料金を払う余裕はない。それどころか、ほとんどの親は失業中で福祉に頼っていたり、さらにはアルコール中毒、麻薬中毒の者も少なくない。そういったプロジェクトの子供たちのために、Yは料金の安い別のキャンプ・プログラムを持っている。


先日、ハーレム150丁目あたりのプロジェクト脇にある公園の前を偶然通りかかった。午後8時前。夏時間のニューヨークでは、まだまだ明るい時刻だ。公園の中のベンチで数人のティーンエイジャーがマリファナを吸っていた。その回りで7〜8才の男の子二人が、何食ぬ顔で遊んでいる。よく見れば、Yのプロジェクト用サマー・デイ・キャンプに参加している子だ。親は、安い料金とは言え、苦労して工面し、子供をキャンプに参加させたものの、帰宅後の子供を監視するだけの時間的余裕、もしくは気力まではないのだろう。それでも、この子たちはキャンプに参加しているだけ、まだ幸運だと言える。キャンプに参加出来ず、ひがな一日、アパートと公園で過ごすうちに、取り返しのつかない非行に走る子供も多い。プロジェクトに住む子供には、こんな環境のほうが当たり前なのである。

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