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2009/7/24



アメリカで「英語を話さない」ということ
そもそも「
アメリカ人」って誰のことよ?
黒人大統領/ヒスパニック判事



黒人大統領の誕生以来、かなりテンパっている白人たちがいる。「マジョリティだから、なんでもやりたいことが出来る」という大きな既得権を侵されるのは、やはり気分の良いものではないだろう。それにしても、ここまでするとは。


「オバマ、お前が本当にアメリカ人なら出生証明書を見せろ」


と騒いだ白人たちがいるのだ。「ハワイで生まれたと言っているが、本当は父親の国ケニアで生まれたんじゃないのか? だったら大統領にはなれないぞ」というのが理由。


アメリカの憲法には、大統領になれるのは「生まれつきのアメリカ市民」と明記されている。ゆえにヨーロッパから移民としてやってきて後に市民権を取得(アメリカに帰化)したアーノルド・シュワルツネッガーは知事にはなれたし、なりたければ大臣にもなれるけれど、大統領だけにはなれない。


オバマの母親はアメリカ白人だけれど、もし右翼が言うように夫の国で長男オバマを産んだのが事実だとすると、オバマは二重国籍だったことになる。さらには「後にインドネシア人と再婚した時、オバマを夫の籍に入れた(正確には夫の養子にした)のではないか。ならばインドネシア国籍だったんじゃないのか」という声すらある。


そのうちにオバマの出生証明書がメディアに出回った。出生地は「ハワイのオアフ島」と書かれているけれど、今度は「偽物っぽい」の声が出る始末。デラウェア州で開かれた、ある下院議員の住民集会では白人女性が自分の出生証明書を振りかざし、「私はアメリカ市民、オバマはケニア人」「私の国を取り返したい!」と叫んだ。


「国を取り返す」とは“ケニア人大統領”を追い出してアメリカ人大統領を擁するということだろう。オバマも母親はアメリカ生まれの白人なんだけど、そこは完全に無視。果ては共和党議員が「今後、大統領になる者は出生証明書の提出を義務化」の法案を出した。


オバマが黒人でなければ、この騒動は果たして起こっただろうか。


* * * * * * * * * * * * *


黒人大統領の登場に、「アメリカはもうお終いだ!」と本気で涙を流している白人たち(本当にこういうグループが存在するのだ、アメリカには。)に、さらに強烈なカウンターパンチが見舞われようとしている。


オバマが合衆国最高裁判事に指名したのが、なんとヒスパニック女性。ソーニャ・ソトマイヨール判事。ニューヨークはブロンクス出身のプエルトリコ系二世。


最高裁は言うまでもなく、アメリカの司法において最高位にある裁判所。アメリカという国の方向性を定める重要なポジションで、しかも終身制。だからアンチ・マイノリティ派にとってヒスパニック判事は、最長8年しか務められない黒人大統領よりもタチが悪いことになる。


ソトマイヨール判事もマイノリティとして、女性として、これまでいろいろ苦労があったというか、まだまだ白人男性の独壇場である司法界で「白人男、こんちくちょう」な目にも遭ってきたのだろう、「経験豊かな賢いラティーナ女性は白人男性より賢明な結論に行き着く」と発言して、「逆差別主義者!」と非難囂々。(公人としては確かにマズい発言だ。)


この逆差別発言事件に関する報道で、CNNのリック・サンチェスというキューバ系ニュースキャスターが物議を醸した。彼は故郷のマイアミに飛び、苦労して自分を育ててくれた母親と、一流のキャリアについている数人の「賢いラティーナ女性」にインタビューしたのだ。英語を話さない母親はスペイン語で、「ソトマイヨール判事を支持するわ。私と同じように、何の後ろ盾もなく出て来た人だから」と言った。


ソーニャ・ソトマイヨール判事
プエルトリコ系

リック・サンチェスCNNキャスター
キューバ生まれ


ソトマイヨール判事の両親はプエルトリコからニューヨークに移住するも、判事が9歳の時に父親が病死。母親は低賃金の仕事で必死に働き、娘を判事に、息子を医者に育て上げた。サンチェスの両親も幼いサンチェスを連れてキューバからマイアミに移住し、工員や皿洗いをして息子をCNNの看板キャスターにまでしたのだ。


番組を観た視聴者の反応はぱっくりと2つに分かれた。「リック、君のお母さんは素晴らしい!」と、「君の母親はアメリカに長年暮していながら、なぜ英語を話せないんだ?」。


CNNのサイトにあるサンチェスのブログに「英語を話せ!」系の書き込みが多数あり、しかも母親をなじるものもあったことから、サンチェスが公式の回答をブログにアップした。


そこには、「君たちの祖先は100年以上も前にアメリカにやってきたから、僕とは異なる視点を持っているのだろう」とあった。


アメリカ・インディアン以外のすべての「アメリカ人」は外国からやってきた。その多くは英語を喋れず、第一世代は言葉で苦労をしたはず。なのに数世代を経ると自分、親、祖父母と一族全員が英語を喋るものだから、英語話者だけを「アメリカ人」と規定し、英語を話せない者、またはブロークンイングリッシュを話す者を見下し、「おまえたちはアメリカ人じゃない」と決めつける。サンチェスの母親はおそらく米国市民権を取っているだろうから、「アメリカ人」なのだけれど。


ただし、同じ移民からもいくつか厳しい書き込みがあった。「私の両親もハイチから移民して、必死に働かなければならなかった。しかし英語も学んだ」。


これ、かなり難しい問題なのだ。実は私自身もアメリカに住むからには、ある程度の英語は話すべきだと考えている。日常生活の利便性だけではなく、その国の言葉を理解することによって、その国の一員になるという意味も含めて。


ただし外国語の習得は人によって得手不得手に大きな差があり、住む街や職場の言語環境も大きく作用する。夫婦揃って中国からの移民で、中国語しか聞こえてこないチャイナタウンに暮し、そこにある中華レストランに勤めたら、英語を話す必要はまったくないのだ。しかも、子どもを育てながら2つの仕事を掛け持ちしているような人に、「それでも時間をやりくりして英語を学べ」とは、なかなか言えないではないか。


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「アメリカ人」の定義とは、いったい何なのだろう。

アメリカの土地で生まれさえすれば、アメリカ人なのか。

アメリカ人の母親から異国で生まれ、後にアメリカで育った人はアメリカ人ではないのだろうか。

移民がアメリカで生んだ子どもたちはアメリカ国籍保持者だけれど、それでも肌の色によってはアメリカ人と見なされないのだろう
か。

アメリカへの忠誠心や愛情がなくとも、市民権さえ取ればアメリカ人なのだろうか。

アメリカへの愛情があっても、英語を話さないとアメリカ人とは見なされないのだだろうか。

そもそもアメリカ・インディアン以外に「本当のアメリカ人」なんて存在するのだろうか。


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黒人大統領の誕生に国中がエキサイトしたように見えたアメリカだけれど、実態はやや違っている。「ここは私たち白人が作り上げた国だ」と心の底から信じている白人も多く、しかもそのほとんどは信心深い「善人」で、なおかつ「黒人大統領やヒスパニック最高裁判事の存在は国を脅かす」と本気で憂いている。(本気で。)


マジョリティとしての既得権を剥奪される不安に、不況から抜け出せないフラストレーションも重なり、彼らはとても神経質になっている。オバマ大統領もソトマイヨール判事も本業以外に、そんなマジョリティへの対応も考えなくてはならない。


移民であれ、大統領であれ、マイノリティであるということは、本当に大変なことのだ。


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文:堂本かおる