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2005/11/16




シカゴのブラスバンド in NYC
ハーレムのホームレスの話




 タイムズスクエア駅はストリートパフォーマー天国。駅の構内やプラットフォームで、あらゆる音楽に巡り合える。常連ミュージシャンも多く、ひんぱんに同じ音楽を聴くことができる。そうかと思えば、ある時を境に、そのミュージシャンがふっつりと姿を消す。そして、新しいミュージシャンを見掛けるようになる。


 先週、初めて見るバンドが演奏していた。若い黒人男性7人編成のブラスバンドだ。トランペット×3、トロンボーン×2、チューバ、ドラム。音はかなりジャズ寄り。人垣の向うから聞こえてくる音を聴いただけで、良いバンドだと分かった。ビートが効いているのだ。「ニューオーリンズのバンドだろうか。ハリケーンで演奏できなくなって、ニューヨークに移ってきたのだろうか」と思った。


 数日後、今度は34丁目のメイシーズ・デパートの側で彼らは演奏していた。やはり人込みに囲まれていたけれど、ユニークなサウンドが雑踏の音に混じって聞こえてきた時、彼らだと分かった。


 調べてみると、ヒプノティック・ブラス・アンサンブル Hypnotic Brass Ensamble というこのバンド、実はシカゴのバンドだった。


 伝説のジャズミュージシャン、サン・ラと共演し、シカゴのジャズ・シーンでは知らぬ者がないというトランペッター、キラン・フィル・コーランの19人の子ども(!)のうち、8人によって編成されている。


 普段はシカゴのストリートで演奏しており、彼らもシカゴではかなり名を知られているらしい。そうかぁ。ニューヨークには“出張”で来ていたのか。しまった。演奏しながら売っていたCDを買っておくべきだった。後悔先に立たず。また出張に来てくれることを祈ろう。



ハーレムのホームス 〜小さな風景〜



 ハーレムのドーナツ屋でコーヒーを買おうとしていたら、30代くらいに見える黒人女性が近寄ってきて、小銭を恵んでほしいと言う。コーヒー代を払うためにサイフを開けた瞬間だ。上手いなぁ。クォーター(25セント硬貨)を渡した。


 手入れされていなくてバサバサの髪、汚れた黒っぽいジャケットとジーンズ、おどおどとした態度、肩をすくめ、何でも下から見上げるような視線、ささやき声。ホームレスのジャンキーだろう。


 クォーターを受け取った彼女は、他の客に向って行った。今度は7〜8歳の女の子の手を引いたグランマ(祖母)に話し掛けている。お祖母さんといってもナメてはいけない。まだ若く、背も高くておしゃれ。チョコレートブラウンの革のコートにハイヒールのブーツ。颯爽としていて格好良い。


 出産年齢の早い家系の場合、若くして孫が出来る。例えば、自分も娘も20歳で出産をしていれば、40歳で祖母となる。


 このクールなグランマは、物乞いの女性にもクールな、けれど愛情のこもった言葉を返した。「あなたが本当に空腹なら、食事をさせてあげるわ。けれど現金はあげられない」


 グランマは知っているのだ。ジャンキーに現金を渡すと、それはドラッグ代になるということを。





 ハーレムから地下鉄に乗った。午後4時頃だったので空いていた。ドア付近の座席に中年の黒人男性がひとり座っていた。右脚をカタカタと動かし続けている。どことなく落ち着かない視線。ジャンキーだ。


 私と同じ駅から乗り込んだ若い女性も、その男性に視線を注いだ。ダウンジャケットにジーンズ、ブレイズヘアの、ごく普通の若い女性。その女性がジャンキーの男性に声を掛けた。「ハイHi」 まるで友だちに対するような、朗らかだけど、何気ない調子。


 男性も小声で「Hi」と答えた。表情は変らない。


 女性は「あなた、大丈夫?」と続けた。男性は無表情のまま、低い声で「あぁ」と答えた。それで会話は終わった。


 わざわざジャンキーに声を掛ける人間など、ハーレムにも滅多にいない。この女性は、もしかしたら社会福祉か、麻薬中毒者のリハビリ関係のような仕事をしているのだろうか。それとも身内にジャンキーがいて、だから男性のことも放ってはおけなかったのだろうか。


 何はともあれ、
サンクスギビングが近づいている。今年は24日。この日は皆、家族と共に食卓を囲み、ターキーを食べる。ホームレスシェルターでも、無料のサンクスギビング・ディナーが振る舞われる。誰にとっても、それぞれ、それなりに良いサンクスギビングとなりますように。






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文:堂本かおる