ハーレムのホームス 〜小さな風景〜
ハーレムのドーナツ屋でコーヒーを買おうとしていたら、30代くらいに見える黒人女性が近寄ってきて、小銭を恵んでほしいと言う。コーヒー代を払うためにサイフを開けた瞬間だ。上手いなぁ。クォーター(25セント硬貨)を渡した。
手入れされていなくてバサバサの髪、汚れた黒っぽいジャケットとジーンズ、おどおどとした態度、肩をすくめ、何でも下から見上げるような視線、ささやき声。ホームレスのジャンキーだろう。
クォーターを受け取った彼女は、他の客に向って行った。今度は7〜8歳の女の子の手を引いたグランマ(祖母)に話し掛けている。お祖母さんといってもナメてはいけない。まだ若く、背も高くておしゃれ。チョコレートブラウンの革のコートにハイヒールのブーツ。颯爽としていて格好良い。
出産年齢の早い家系の場合、若くして孫が出来る。例えば、自分も娘も20歳で出産をしていれば、40歳で祖母となる。
このクールなグランマは、物乞いの女性にもクールな、けれど愛情のこもった言葉を返した。「あなたが本当に空腹なら、食事をさせてあげるわ。けれど現金はあげられない」
グランマは知っているのだ。ジャンキーに現金を渡すと、それはドラッグ代になるということを。
ハーレムから地下鉄に乗った。午後4時頃だったので空いていた。ドア付近の座席に中年の黒人男性がひとり座っていた。右脚をカタカタと動かし続けている。どことなく落ち着かない視線。ジャンキーだ。
私と同じ駅から乗り込んだ若い女性も、その男性に視線を注いだ。ダウンジャケットにジーンズ、ブレイズヘアの、ごく普通の若い女性。その女性がジャンキーの男性に声を掛けた。「ハイHi」 まるで友だちに対するような、朗らかだけど、何気ない調子。
男性も小声で「Hi」と答えた。表情は変らない。
女性は「あなた、大丈夫?」と続けた。男性は無表情のまま、低い声で「あぁ」と答えた。それで会話は終わった。
わざわざジャンキーに声を掛ける人間など、ハーレムにも滅多にいない。この女性は、もしかしたら社会福祉か、麻薬中毒者のリハビリ関係のような仕事をしているのだろうか。それとも身内にジャンキーがいて、だから男性のことも放ってはおけなかったのだろうか。
何はともあれ、サンクスギビングが近づいている。今年は24日。この日は皆、家族と共に食卓を囲み、ターキーを食べる。ホームレスシェルターでも、無料のサンクスギビング・ディナーが振る舞われる。誰にとっても、それぞれ、それなりに良いサンクスギビングとなりますように。
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