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2004/11/10




ソウルフードレストラン Pan Pan 全焼
ハーレムのランドマーク


 ハーレムの名物ソウルフードレストランPan Pan が昨夜、火事で燃えてしまった。(現地時間11月10日午前1時頃)


 朝、起きるとテレビニュースで焼け落ちたPan Panが写されていた。私のアパートと同じブロックにあるのに、消防車のサイレンにはまったく気が付かなかった。昨夜は風邪気味で早々にベッドに入ったのだ。


 パジャマ代わりのTシャツにダウンジャケットをはおり(外気温マイナス1℃)、Pan Panに行ってみた。うちのアパートのドアマンも、ロビーに居合わせた住人もPan Panのことを話している。みんなショックだった様子がありあり。あの店は、それほど地元で愛されていた店なのだ。


  Pan Panは全焼だった。おそらく地階の厨房から火が出たのだろう。入り口付近や外壁にはそれほどのダメージは見えないものの、厨房がなければレストランは再開できない。


 テレビ局のリポーターがスタンバイしている。近所の住人が数人、店の前に立ち尽くしている。いつも店の前で新聞を売っている男性が、新聞の入った袋を手に店の前から立ち去ろうとしていた。


2002 夏 (撮影:堂本かおる)

 閉店後の火事だったので店は無人、消防隊員以外はケガ人はなかったそうだけれど、オーナーのベンおじさんや、店の前を通るだけでいつも手を振ってくれたウエイトレス、たまにテイクアウトのコーヒーをおごってくれたレジのアフリカ人男性が気にかかる。みんな、明日からの仕事を無くしてしまったのだ。


 この店に毎日通っていた人たちも、これからどこへ行けばいいのだろう。元ベトナム兵で、今はクイーンズの教会で牧師をしているという男性。(クイーンズからハーレムのレストランに毎日通うなんて実は不可能だからホラなのだろう)


 うちのアパートに住んでいて、アパートの右隣りの小さな教会で牧師をしていて、その教会のさらに右隣りにあるPan Panで食事をしていた年配の女性。(彼女は本物の牧師)


 いつも夕食を食べに来る、小学生くらいのダウン症の女の子(とてもマナーがいい)と、そのおばあさん。


 店の前に立つ地元の人たちになんとなく気がねしながら、無残な店の姿を撮影していると、ハーレム在住の自称ジャーナリストのおばさまが「あなた、どこのメディア?」と声を掛けてきた。「フリーランサー」と答えると、じゃあ、(Pan Panが焼けたからといって)気落ちはしてないわね?」と言う。「私、ここに住んでるからショックよ」と答えると、「あら、そうなの」と言う。


 このアーサ・キット似のおばさま、ハーレムで何かイベントがあると毛皮のコート姿、なぜか使い捨てカメラ持参で駆け付ける。ビル・クリントン前大統領の自伝サイン会でも大手メディアのスタッフと丁々発止でやりあっていた。ハーレムにはこんな風に変った人がたくさんいて、彼らもやはりPan Panを愛していたのだ。





2004/11/10 7:30am (撮影:堂本かおる)


 家に戻ってテレビを付けると、スタンバイしていた11チャンネルが生中継を始めていた。火事の最中に撮ったベンおじさんのインタビューもはさまれていた。


 「この店には(地元民だけじゃなくて)、アジアやヨーロッパからもたくさんの人が来てくれた」と言っていた。これは彼がいつも口にすることで、店が「インターナショナル」なことをとても誇りにしていたのだ。私はこの店を何度も日本の雑誌で紹介した。特に『地球の歩き方』を手にPan Panに来てくれる人が多いと、ベンおじさんは喜んでくれていた。


 ベンおじさんはPan Panを、歩道にもテーブルを置くサイドウォークカフェに改装するプランを練っていたところだった。長年ハーレムで商売をしている人にしては珍しく、彼は「古いハーレム」の保存にこだわってはいなかった。もっとも、火事現場でインタビューされた通行人は「この店はここに30年あったんだ。(ハーレムの)歴史なんだよ」と言っていたけれど。


 そういえば昨年、ハーレム生まれのシンガー、アリシア・キーズがこの店で「You Don't Know My Name」のビデオクリップ・ロケをした。アリシア演じるウエイトレスが、ラッパー&俳優のモスデフ演じる常連客に想いを寄せるというストーリー。ベンおじさんも店のオーナーだかマネージャーだかの役でちょこっと出演している。セリフもある。Pan Panの元気な姿は、少なくともこのビデオで永遠に見ることが出来る。



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