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2004/08/01




ラティーノにまつわる、一日で3つの話




その1:ラティーノ・フィルム・フェスティバル


 ニューヨークでは今、毎年恒例の「ラティーノ・フィルム・フェスティバル」が開催中だ。これはラティーノ監督&俳優によって、ラティーノ文化をテーマに作られた作品を上映する映画祭。長編、短編、ドキュメンタリー、海外作品の計63本が、7月27日から8月1日の5日間に渡って上演されている。


 アメリカ在住のラティーノといってもプエルトリコ系、ドミニカ系、メキシコ系、キューバ系などさまざま。作品の舞台もニューヨークもあれば西海岸もあるし、ドミニカやメキシコでロケをされたものもある。作品のストーリーも都市部のラティーノ・コミュニティに於ける貧困や犯罪を取り上げたものから、幻想的な恋愛ものまでいろいろ。


 先週は長編「107th Street」を観た。これは主にドミニカ系が多く住むウエストハーレム107丁目とアムステルダム・アベニューを舞台にした、“人生のひとコマ集”ともいうべき作品。


 恋人と別れたばかりの青年が取り憑かれたように近所に住む若い女性たちの電話を盗聴する。盗聴されている女性たちのそれぞれの生活。同時進行で描かれる、107丁目の歩道にイスとテーブルを持ち出し、毎日のようにドミノというゲームに興じている男たちのこっけいなエピソード。


 ニューヨーク市立大学の映画科の同窓生だった監督と俳優たちが作った低予算映画で、洗練された作品とは言い難い。けれどニューヨークに暮らすラティーノたちの暮らしぶり〜恋愛、家族の在り方、宗教〜などを垣間見ることができる。


 今日は5本の短編を観た。田舎町でトレーラーハウスに住む若く貧しいカップルと、ラティーノたちが必ずといっていいほど車のダッシュボードに飾る聖人の人形の物語「廃車場の聖人Junkyard Saints」。じんわりとした味わいのある作品だった。


 ニューヨークのクイーンズ区で、暴力、裏切り、麻薬に飲み込まれていく青年の一日を描いた「シャンデリアLa Arana」。同じニューヨークのラティーノ地区であっても、マンハッタンやサウスブロンクスとはまた違った雰囲気がクイーンズにはあるようだ。


 メキシコシティーに暮らすアメリカ白人青年が、たったひとりで呑気な反ブッシュ・キャンペーンを繰り広げる「白人のマラソンGringoton」。マイケル・ムーアの思いっきり気の抜けたバージョンという感じで楽しめた。


 ちなみにもっとも観たかった「La Sueno Americanoアメリカン・ドリーム」は見逃してしまった。ニューヨークのラティーノたちの中ではもっとも古い歴史を持つプエルトリコ系と、もっとも新しいグループであるメキシコ系の対比を描いたドキュメンタリーだ。残念!


 どの作品も、本編の始まるまえにラティーノ作家からのメッセージが上映される。今年はメキシコ系男性が登場し、まったくスペイン語訛りのない標準英語で(つまり高等教育を受けているということ)、「西海岸の金持ち白人の子はメキシコ人の乳母に育てられてスペイン語を覚える。ぼくたちメキシコ人は公立学校に通って英語を学ぶ」「でも恋愛の場ではスペイン語のささやきのほうがずっとロマンチックで効果的だ。英語で『やぁ、どうだい?』なんて言うよりよっぽどいい」などと、知的ユーモアたっぷりに語る。


 ちなみに一昨年は、映画のエンドクレジットを模した画面が流れ、それをよく読むとラティーノ俳優の役どころは犯罪者か娼婦ばかり、というものだった。



その2:万引き@スターバックス


 映画を見終わってから、映画館の近くのスターバックスでコーヒーを飲んだ。場所はマンハッタン・イーストサイド59丁目で、オフィス街と、超高所得者街の交わるエリア。スターバックス店内の客もほとんどが白人だった。


 そこへひとりのラティーノ青年が入ってきた。なんだかそわそわした様子で店のいちばん奥へと向かった。トイレに急いでいるんだろうと思い、とくに気にも止めなかった。しばらくすると戻ってきて、スターバックスのオリジナル・カップを置いてある棚の前で立ち止まった。相変わらず落ち着かないそぶりだったけれど、私はやはり何も気にせず、読みかけていた映画のパンフレットに視線を戻した。その次に何気なく顔をあげると、ラティーノ青年が売り物のサーモカップ(ステンレス製の保温機能付きのカップ)を、自分が着ているTシャツの下に潜り込ませた瞬間だった。そして彼と私は目と目が合ってしまった。


 彼は店に入ってきた時からそわそわと目線が泳いでいたので、私に見られてさらに動揺したのかどうかは分からなかった。ただ、彼もニューヨーカーだ。店員でもない限り、他人の万引きにいちいち声を上げる人間がそんなにはいないことは知っている(*)。青年は、そのままあっさりと店を出ていった。


*他人に危害を加えている場合は別だけれど、コーヒーカップ程度の万引きを店員に通報して犯人に逆恨みをされるのは得策ではない。加えて、青年の落ち着かない態度と、盗んだところでどうにもならないモノを盗んでいることから、彼が麻薬でハイになっている可能性も高いと推測



その3:逮捕と立候補


 こんなちょっとした体験のあと、地下鉄6番線でスパニッシュハーレムに行き、壁画アーティスト、ジェームズ・デラヴェガのギャラリーに寄った。デラヴェガ逮捕の件は、ミュージック・マガジン7月号に書き、
このサイトの「ハーレム写新館」には作品の写真もアップしてある。


 かいつまんで説明すると、デラヴェガは建物の壁にグラフィティを描いているところを現行犯逮捕され、「グラフィティは公共物破損かアートか」を裁判で係争中。とはいえ、有罪であることはすでに確定していて、その量刑(懲役刑か執行猶予か、もしくは地域奉仕かといった刑罰の内容が言い渡されること)が29日に出されているはずなのだ。最悪の場合は懲役6ヶ月。


 ウエブサイトに量刑がアップされていないので、直接ギャラリーに行き、本人か(懲役刑を受けていなければ!)、息子のアーティストとしての生き方を強力にサポートしている母親、もしくは支援者に話を聞こうと思った次第。


 今日は本人の姿は見当たらず、いつものように母親と支援者の女性がギャラリーの前の歩道にイスを持ち出し、座っていた。ふたりによると、デラヴェガの弁護士が判事に「情状酌量の陳情ための準備期間が欲しい」と頼み、判事もそれを受け入れて量刑日を10月に延期。


 デラヴェガのギャラリーには、子どもが書いた手紙のコピーが置かれていた。


私のインスピレーションを逮捕しないで
Karmenife Gomez Paulono(11歳)ハーレム在住

私のヒーローを逮捕しないで。
私の友だちを逮捕しないで。
どうしてかと言うと、彼は私のインスピレーションの源だから。
私にアートで自己表現することを教えてくれた人を逮捕しないで。
そして、私も逮捕して。なぜなら、
私も床とコンクリートに自分のチョークで絵を描いたから。

私たちのデラヴェガを自由に
(デラヴェガの似顔絵)




 デラヴェガは量刑を待たずして、スパニッシュハーレム&サウスブロンクス地区より州議員に立候補することを表明した。



ラティーノ!米国最大のマイノリティ「ティーノって実のところ、どんな人たちよ」の疑問が一気に氷解するスグレた特集


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