NYBCT

2004/03/27




リトルブラックブック
黒人男性の抱える問題



 手もとに『リトル・ブラック・ブック』という、10センチ四方程度の小さなブックレットがある。表紙は黒で、タイトルが白抜きで印刷されているだけのシンプルな装丁。ニューヨーク・ブルックリン在住のキャロル・テイラーという人権活動家の女性が、1985年に自費で出版したものだ。


 表紙をめくると、そこには「アメリカで黒人男性が生き残るために。もしくは構造的な人種差別社会で健康に生きるために」と書かれている。


 本文の出だしは、「ルール1:もし警察に呼び止められたら、決して逃げるな」


 通りを歩いていて警官に不審尋問のために呼び止められ、それを振りきって逃げようとして背中を撃たれた黒人男性は実際に存在する。数年前にも、やはり警官を振りきって逃げようとしたティーンエイジャーが射殺された。手にミルキーウェイ(チョコレートバー)を持っていたため、警官は「夜間で暗かったため、それを拳銃だと思った」と証言した。


 こういった事態を避けるための普段の心がけ、もしくは逮捕されてしまった場合の「名前と住所以外は黙秘し、弁護士の到着を待つべし」といった指示が「ルール2」「ルール3」……として延々と書かれている。


 中盤には「ルール19:食事の際のワイン以外はアルコールを飲むな」「ルール20:ドラッグには手を出すな」といった日常生活の心がけが書かれている。後半には「ルール28:読み書きを学び、標準英語を話せ。(=黒人英語を使うな) そして大学に進学せよ」とある。「大学進学」の部分にはアンダーラインが引かれている。ニューヨークのような都市部では、大学の卒業証書がなければオフィスワークに就くことは難しい。高卒でしかもなんの技術もなければマクドナルドの店員などサービス業につくしかない。これでは出世と収入に限界があり、安定した人生設計を立てることができないのだ。


 最後には「もし、あなたが以下のことを行っているならば、(1)あなたは自分自身の敵であり、(2)同胞ブラザー&シスターの敵でもある」とある。「以下のこと」とは「ドラッグ、飲酒、銀行強盗、(他人が身に付けている)ゴールドチェーンのひったくり、レイプ、脅し、地下鉄内でつばを吐くこと、幼児性的虐待、避妊もせずに女性を妊娠させるために追い回すこと、そうやって生まれてしまった子どもの面倒をみないこと、妻や恋人を殴ること、子どものお菓子を取り上げることから殺人まで」

 このブックレットが1985年に出版されてから約20年が経った。昨日、テレビでニューヨークのローカルニュース局NY1を見ていると、ケヴィン・パウエルというライター兼人権活動家である若い黒人男性が、黒人男性の抱える問題を話し合うためのミーティングと、解決するためのワークショップを開くというニュースがあった。


 ミーティングは「The State of Black Men」と名づけられている。「黒人男性がが置かれている状況、状態、在り方」といった意味合いだ。


 ニュースでは、ミーティングが開かれるブルックリンの街頭で、通行人の黒人男性たちに「黒人男性はどんな問題を抱えているか、どんな問題を話し合いたいか」とインタビューをしていた。答えは「ドラッグ、失業、教育の欠如、犯罪、警察による暴行」だった。


 統計によると、ニューヨーク市の就労可能年齢(16〜64歳)の黒人男性の失業率は48%。つまり黒人男性の半数は無職なのだ。ハーレムのストリートを歩けば、平日の昼間でも異常にたくさんの男性が佇み、あるいは歩道に持ち出したイスに座って世間話をしている光景を見ることができる。


 全米に於ける黒人の人口比が13%であるのに対し、逮捕歴のある者全体に占める黒人の比率は30%、実際に刑務所に入った者全体に占める黒人の比率は41%(これは、黒人に比べて他の人種は逮捕されても刑務所行きを免れるケース(裁判で無罪となる、懲役刑ではなく執行猶予などの軽い刑罰を受ける)が多いということか)


 このままで行けば近い将来、黒人男性の3人にひとりが投獄経験者になるという。


 ミーティング主催者は「われわれ黒人男性は6つの要素を高める必要がある。政治的パワー、経済的パワー、文化的パワー、精神的パワー、そして健全な内面と、健康な肉体」


 1985年に『リトル・ブラック・ブック』は警察による不審尋問に対する備えを記載したが、2004年、黒人男性はいまだに「警察による暴行」を憂えている。1985年に『リトル・ブラック・ブック』が犯罪に手を出すなと警告したにもかかわらず、2004年、黒人男性の3人にひとりが刑務所に入ろうとしている。1985年に『リトル・ブラック・ブック』が大学に進め(=安定した職業に就け)とアドバイスしたにもかかわらず、2004年、黒人高校生の中退率は50%前後に達している。


 黒人男性が置かれている状況「ステイト・オブ・ブラック・メン」は、この20年で、いったいどれほど変わったのだろうか。




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