NYBCT

2000/02/21

ハーレムのバーにて #01
〜 陽気でちょっぴり淋しい老紳士たち 〜


ハーレム125丁目にあるバー、ニッキーズ(Nikki's)で女友達と飲む。


カウンターと小さなテーブル5,6台が並んだだけの狭い店内に、週末だからか、スーツとソフト帽でキメた年配の紳士たちがひしめいている。


席に着くやいなや、早速そのうちのひとりが声を掛けてくる。「お邪魔してもいいかな、レイディーズ? …おっと、その指輪は結婚指輪?」
母親に買ってもらって中指にはめている銀細工のリングを見て、勘違いしている。しかし今日は友人と話をすることが山ほどあるので、敢えて「そうよ」とにっこり笑うと、相手もにこやかに「それは失礼」と言って自分の席に戻る。60年配で若いアジア人女性二人を相手にしようとは、なかなかの度胸ではあるけれど、同時に引き際を心得ている紳士でもあった。

・・・

友人とひとしきり話が弾んだところで、ジャズを聴くために148丁目のセント・ニックス・パブ(St.Nick's Pub )へと向かう。ここも狭いながら、安いドリンク代だけで良質のジャズを聴かせてくれる貴重な店だ。
カウンターではボブカットのウィッグをつけた、おそらく既に70代と思われる女性が飲み物を作っている。「ハイ、スウィートハーツ。何を飲むの?」
ラム&コークとカルーア・ミルクが共に一杯3ドル。チップを弾んだ友人には「他の客には内緒よ」と、もう一杯。


そうこうしているうちに、またもや年配紳士の登場。しかし今度のジェントルマンはいささか飲み過ぎのようで、ろれつが少々あやしい。「ハイ、お嬢さん方、何か飲み物を奢らせてもらえないかな?」
ただのものは、とりあえず頂く。私がブラッディメアリーを頼むと、「ОK!」と調子良く返事をして友人のほうを振り返り、「君は?」と訊く。友人がラム&コークを頼むと「ラム&コーク? なんだって? え? え? ラム&コーク? なに? もう一度言ってみて? ははははは…」何がおかしいのか、意味もなく、ひとりで大笑い。ただの酔っ払いである。やがて私を振り返り、「で、君はなにが欲しいの?」


ようやく飲み物がテーブルに置かれた。57才にしては童顔のジェントルマンはいったんは“Hooty”だと名乗ったものの、すぐに“ノースカロライナから遥々やって来たニューヨーク・フーティ”だと訂正した。聞き取りにくい南部訛りで、自分は人生を楽しむパーティマンだの、奥さんはそれを気にいらないだのと延々と喋り続ける。9時からの予定だったライヴは10時を過ぎてようやく始まり、フーティの話を聞き取るのが、いっそう困難になった。


「なにか僕に訊きたいことは?」
とうとう話すネタが尽きたのか、何でもいいから質問しろと言う。
「じゃあ、ノースカロライナとニューヨークで一番違うことは?」と訊いてみる。
「そりゃ、なにもかもが全然違うさ。でも、ひとつ言えることは、ニューヨークでは人を信用するなってこと。これだけは絶対だ」
これまで、いったい何人のニューヨーカーから聞いただろうか、このセリフ。話題をニューヨークから変える。


「じゃあ、ノースカロライナでの子供の頃の話をして」と頼むと、フーティは目瞬きをして聞き返してきた。
「子供の頃の話?」
「そう、あなたはどんな子供だった?」
「……ロンリー」
「なぜ?」
「いちばん近い家からも20マイルは離れているところに、母親と祖父と3人で住んでいたから。ひとりっ子だったんだ」


1950年代のノースカロライナ。見渡す限りの荒れ地にぽつんと建っている粗末な小屋。その前にひとり立っている子供の頃のフーティの姿が目に浮かぶ。


「当時の南部でひとりっ子っていうのは珍しいんじゃないの?」
「そうさ。でも13才になった時、母は再婚して次々と5人も弟や妹を生んだ。最初の赤ん坊が出来たとき、その子の顔に枕を押しあてて殺してしまいそうになったんだ」
「いったい、どうして !?」
「嫉妬したんだよ。13年間もずっとひとりっ子だったのに、急に誰もかれもが赤ん坊だけを可愛がり始めたから」
「そう」
「今、弟はカリフォルニアにいるけれど、妹二人はニューヨークにいるから、時々は会って楽しくやってるよ」
「つまり、今は Good Big Brother なわけね」
「そのとおり!!」

・・・

フーティの友人が、別の場所で開かれるダンス・パーティに行く時間だと呼びに来た。やはり彼はパーティマンのようである。
テーブルから立ち上がりながらフーティは“I like you.”と笑った。ありがと、でもどうして? と訊くと「子供の頃の話なんて、聞いてくれたのは君が初めてだから」とまた笑った。

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