NYBCT

2003/11/17




ハーレム地下鉄ブギウギ


 ハーレムで地下鉄に乗ると、ティーンエイジャーが車両内でお菓子を売り歩いているシーンに、ひんぱんに遭遇する。


 「アテンション・プリーズ! ボクたち、バスケ・チームのユニフォームを買うためにお菓子を売っています。1ヶ1ドル!」


 彼らが売っているお菓子にはいろんな種類があるけれど、チョコレートのM&Mが多い。寄付金集めのための販売キットがあるのだ。安い値段で仕入れることができ、売上が収益金となる。


 乗客は、ティーンエイジャーの売り口上を信じてはいない。本当にユニフォームのためだとしたら、ハーレムには一体いくつのバスケ・チームがあるのだ? 30チーム? 50チーム? けれど、たまたま甘い物が欲しくなった客は、気にせず1ドル札を渡してM&Mを買う。


 それでも、さすがに地下鉄に乗るたびに聞かされる「バスケ・チームのため」に乗客がウンザリし始め、売り上げが伸びなくなったのか、最近のM&M売りのセリフは、こうだ。


 「これはバスケのユニフォームのためではありません! ボク自身のためです。服を買います!」


 ダウンタウンからハーレムに帰宅途中の乗客は、呆れながらも相変わらずチョコレートを買っている。ユニフォームのためだろうが、バギージーンズのためだろうが、疲れた時のチョコレートは有り難いものだ。






 夜の10時頃だったか、ダウンタウンからハーレムに向かう地下鉄の中。向かいの座席には、50代くらいの黒人女性が座っていた。看護婦だ。ドラマ「ER」でお馴染みの、薄い色のコットン製のVネック・シャツにスラックス姿で、熱心に聖書を読んでいる。アメリカではよく見かける光景だ。


 そこへ白人の、やはり50代と思える女性が乗り込んできた。かなり小柄で痩せている。ジャンキー(ドラッグ中毒者)特有のぎこちない歩き方で、転びはしないかと見ている方が不安になる。


 ハーレムでは時々、白人のジャンキーを見かける。上記の女性と同じようにおぼつかない足取りで歩き、なぜか皆、一様に伏し目がちだ。彼らがなぜハーレムに住み付くようになったのかは分からない。ただ、ジャンキーとはいえ、白人でありながら黒人街に流れ着いたということは、もう家族や友人たちとは縁が切れているということなのだろう。


 ハーレムの人たちは、黒人白人を問わず、ルーザー(人生の敗北者)に寛容だ。もちろん黒人は、白人のジャンキーに同情心など持ち合わせてはいない。けれど、「まったく、しょうがないわね」「白人なんて、どうしようもないもんだ」などと思いながらも、彼らを追い出すことはしない。「ここに居たいんなら、迷惑だけど、ま、仕方ないわね」「その代わり、関わりにはならないからな」といった態度だ。


 けれど、看護婦で、熱心なキリスト教信者である、この黒人女性は少々違っていた。


 先の小柄な白人女性は車両内をフラフラと歩き、聖書を読んでいる黒人女性の隣に座った。その瞬間、黒人女性は鼻の先に載せた老眼鏡ごしに、なんとも言えない顔つきで白人女性を一瞥し、すぐに視線を聖書に戻した。


 ふたりの座席の間に、小さな紙くずがあった。白人女性が「これ、あなたの?」と、黒人女性に尋ねた。丁寧な話し方ではあったけれど、そんなことを尋ねること自体が、どこかおかしいことの証拠だ。とは言え、大人しくてまったく人畜無害。それでも黒人女性は、今度も眼鏡ごしに一瞬だけ白人女性をにらみつけ、低い声で「ノー」とだけ言って聖書に戻った。彼女のキリストは「汝の隣人を愛せよ」とは言わないようだ。






 夕方の、そこそこ混んだハーレム行きの地下鉄の中。座っていて、ふと目を上げると、黒人の青年が目の前に立っていた。背が高くてスレンダー。20代前半に見えるけれど、一般に黒人は若く見えるから、おそらく20代半ばから後半だろう。彼は黒いロングコートに、黒いフェドラを被っていた。


 フェドラとは、ウールのフェルトで出来た中折れソフト帽のこと。1950年代頃までは、スーツ姿の男性は必ず被っていた。(イタリアン・マフィアのアル・カポネが被っていたと言えば分かりやすいか。そう言えば、スヌープ・ドッグがピンプ・スタイルの時に被っている、つば広で羽飾りの付いたハデな帽子もフェドラの一種だ)


 80年代にはランDMCが、なぜか革ジャンやアディダスのスウェットに合わせて被っていた。実のところ、ハーレムでは年配の人は今でも被っているものの、ストリートファッションの若者には見向きもされない「爺さんの帽子」だ。なのに、それがなぜかここ最近、お洒落な若い男性の間で静かに復活しつつある。もちろん、若い人が被っていると、相当に目立つ。





ハーレム・ルネッサンス時代(1920〜)
に活躍した詩人
ラングストン・ヒューズの
正統派フェドラ帽

RUN DMC
フェドラ帽の勇姿
(合掌)


Snoop Dogg

ピンプなフェドラ帽
(アホっぽいけれどキュート)


 この青年も、フェドラとロングコート、アイロンの効いた純白のシャツに黒いスーツと、完璧なコーディネイトだが、その分、人目を引いていた。しかも、彼は盲目だった。白い杖を持っている。サングラスはかけていない。白濁した瞳が宙の一点を見据えているように見える。


 けれど、この青年のスタイリッシュさに違和感はなかった。「たまたま盲目」なだけ、という印象だった。誰かが席を譲ろうとしたけれど、彼は丁重に断って立ち続けていた。


 青年のあまりの凛とした品格に、ついつい見つめてしまうのを止められなかったけれど、とうとう背後の座席に目を反らした。ところが、そこにもフェドラに黒いコートと、黒いアタッシェケースの男性が座っていた。


 この男性はおそらく30代半ばだろう。やはり完璧な出で立ちだ。けれど、濃いチョコレートブラウンの肌なのに、首筋のかなりの部分が明るいベージュに変色している。稀に見かける、部分的に肌の色素が抜ける病気だ。(マイケル・ジャクソンは、全身がこの病気にかかったためにあんな色になったと言っている)


 この症状が出ると、白人や黄色人でさえかなり目立つけれど、黒人で、しかもダークスキンの場合はことさらだ。けれど、この男性は構わず、目立つフェドラと黒いコートでびしっとキメていた。決して、これ見よがしではなかった。


 このふたりの男性に、本当の意味での「粋」=「cool」を見たと思う。



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