NYBCT

2003/10/06




ハーレムのタイガー
「ママ、アイ・ウォント・トゥ・シング」
デンゼル・ワシントン「Out of Time」

ハーレムにトラを見た。

 NYPD(ニューヨーク市警)の長官は「こんなことはニューヨークでしか起こらない」と言ったけれど、「ハーレムでしか起こらない」の間違いでしょ。


 土曜日の午後、141丁目の
プロジェクト(低所得者用公共アパート)の一室で、トラが発見されたのだ。トラ。本物の、生きている虎。タイガー。


 ここに住んでいた男は、おそらく100世帯は入っているであろう高層アパートの5階で、何食わぬ顔をしてトラを飼っていたのだ、ペットとして。ところが3日前に自分が脚と腕を噛まれてしまい、病院へ。そんな事情でトラの世話を怠ったのだろう、階下の部屋の天井から大量のトラのおしっこが染みだし、ワケのわからない匂いも漂いだした。


 通報により駆けつけた警官は屋上から宙づりになって、5階の窓へ。だってドアを開けたりしたら、トラが飛び出して逃げ出してしまう可能性もある。もしそうなっていたら、私のアパートはトラの脚(?)なら、おそらく5分もかからない距離。ハーレムを走り抜けるトラと道ですれ違っていたかも、だ。


 警官は宙づりのまま、窓に向かって吠えるトラに催眠弾を打ち込み、捕り物は無事終了。(プロジェクトは高層建築だけど安普請だからベランダがない。警官って大変な仕事だ。) アパートの住人も含めて、見物人はみんな楽しそうだった。ちなみに別室では、かなり大きなワニも発見された。飼い主は一体、何を考えていたのか?


 この男、低所得者住宅には住んでいたけれど、かなりのお金を持っているに違いない。そもそもトラなんて正規ルートでは買えないから、闇で相当の金額を払ったはず。しかも、大きくなったトラは毎日ものすごい量の肉を食べる。男の職業はなんなのだろう? 噛まれたあと、当然の逮捕を恐れてフィラデルフィアまで逃げた男は結局捕まったけれど、詳細はまだ報じられていない。続報を待つ。


 


「ママ、アイ・ウォント・トゥ・シング」

 あのゴスペル・ミュージカルのヒット作「ママ、アイ・ウォント・トゥ・シング」の20周年記念公演をハーレムの教会で観た。


 ストーリーの舞台となるのは1940〜50年代のハーレム。牧師の娘として生まれたドリスは、父の愛を一身に受け、音楽に囲まれて育つ。ところが、まだ幼いドリスを残して父は急逝。悲しみのあまり、一時はゴスペルを歌うことすら出来なくなったドリス。しかしティーンエイジャーとなったドリスはジャズやソウルに夢中になる。アポロ劇場のアマチュアナイトで優勝したドリスはプロのシンガーを夢見るが、それを許さない母親とケンカをして家を出てしまう。やがてドリスはシンガーとして成功するが、神に仕え、地域の人々に奉仕した父の教えは身体の中に染みこんでいた。ドリスも貧しい人々や若者のための活動を行うようになり、そして最後は牧師となり、生まれ育ったハーレムの教会へと戻ってくるのだった。


 シンプルなストーリーなので、歌詞やセリフが分からなくても十分に楽しめる。私の隣に座っていた(というより父親のヒザの上で遊んでいた)3歳くらいの女の子も、ハイライトシーンではクワイアの振り付けを真似して踊っていた。このテーマ曲ではドリス役がマライア・キャリーばりのハイトーンを張り上げるのだけれど、女の子は、なんと、それも真似して「haaaaa....」と歌っていたのだ。曲のエンディングではバンドは演奏を止め、主役のハイトーン・ボイスだけが劇場に響き渡る…はずだったのだけれど、そこでも女の子は歌ってしまい、慌てた両親が「これっ!」「しっー!」「止めなさい!」と叱る場面もあった。


 正直なところ、主役ドリスを努めたノール・ヒギンセンは、やや力量不足。けれどママ役(リジューン・トンプソン)と、シスター・キャリー役(キャスリーン・マーフィー・ジャクソン)のふたりが良かった。シスター・キャリーは上品だけれど物わかりのいいレディというキャラクターで、マーフィー・ジャクソンの歌い方ものびやか。華やかなチャーチ・ドレスも楽しかった。ママ役のトンプソンは、ブルースっぽい味わいのある、ダウンアンダーな歌い方が魅力的。私は彼女がもっとも気に入った。


 劇中、往年の大歌手4人、ダイナ・ワシントン、リナ・ホーン、ビリー・ホリデイ、サラ・ヴォーンが出てくる。言うまでもないけれど本物じゃないです、全員他界済み。クワイアのメンバーがそれっぽい衣装を着て、なりすまして歌うのだけれど、これって失敗か。いくら歌がうまくてもビリー・ホリデイになれる歌手なんて、いるはずもないので。それでも敢えてチャレンジするならクワイアのお姉さん、せめてメガネは外して出てくるべきだった。


公演スケジュール:
Mama, I want to sing in Harlem 


デンゼル・ワシントン「アウト・オブ・タイム」

 デンゼル・ワシントンの新作「アウト・オブ・タイム」を、ハーレムのマジック・ジョンソン・シアターで観た。タイトルを訳せば「時間切れ」で、主人公がギリギリと追い詰められていくサスペンスだ。


 デンゼルは、フロリダの小さな海沿いの町の警察署長を演じている。大した事件も起こらない田舎で、警官の制服は白いポロシャツにバミューダパンツ(?)だったりするけれど、人柄の良さから町では信望がある。殺人課の刑事である妻(エヴァ・メンデス)とは離婚寸前だけれど、魅力的な人妻(サナ・ラーサン)とちゃっかり不倫もしてるし、まあ、満足のいく日々を送っている。しかし、その不倫相手を本気で愛してしまったことから、超えてはならない一線を越えてしまう。そして、ある事件が起こり、そこからデンゼルは、大阪弁でいうところの「どつぼ」に、どんどんハマっていってしまうのだった。


 その「事件」の内容は伏せるけれど、要はデンゼルがその犯人に仕立て上げられてしまうのだ。(よくある話。) 警察署長として捜査の指揮を取りながら、やり手刑事の妻が自分を犯人として特定しそうになるたびに、きわどく捜査を混乱させる。と同時に自身で真犯人を追っていく。「おぉ!デンゼル危機一髪!」なシーンの連続なので、結構どきどきする。


 とはいえプロットの甘いところもあり、スリラーとしては、まあ、普通の出来かもしれないけれど、見所はなんといってもデンゼルの演技。マズい瞬間の取り繕った表情や、目の泳がせ方が抜群にうまい。だからスリラーなのに観客から「Denzel, you're in deep shit!!」(デンゼル、おまえはどうしようもないどつぼにハマってるぜ)といった感じの失笑がもれる箇所が多々ある。(というか、ハーレムの映画館なので、どんな作品でも観客は黙って観ているわけではなく、相当うるさい。)


 デンゼルの妻を演じているのはエヴァ・メンデス。デンゼルがアカデミー賞を取った「トレーニング・デイ」でもデンゼルの愛人を演じていた、ラティーノ版シンディ・クロフォードな顔立ちの女優さん。今こちらではロバート・ロドリゲス監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・メキシコ」にも出ていて絶好調。(それにしても、警察署長の妻が殺人課の刑事という設定はいかがなものか?)


 「ラヴ&バスケットボール」「ブラウンシュガー」など、これまで優等生役が多かったサナ・ラーサンも浮気人妻で新境地にチャレンジ。彼女の夫を演じていたのは、TV版「スーパーマン」のディーン・ケイン。


 ということで、この作品、主人公は黒人の警察署長で、その妻はラティーノ刑事。主人公の浮気相手は黒人女性だけれど、その夫は白人。ついでにデンゼルと一番親しい部下(というか親友)は白人刑事。


 けれど、この作品に人種/エスニックにまつわるエピソードはまったく出てこない。「人種/エスニックの融和は当たり前」を前提として話が成り立っているのだ。でも、それは映画ならではの世界であって、例えば、自分の妻を黒人男性に寝取られた白人男性の胸中など、特別なものがあるに違いない。


 実は一ヶ所だけ、犯人を見た白人のおばあさんが、黒人は全員同じに見えて犯人を特定できない、というシーンがある。人は他人種の顔を見分けにくいというのは事実で、現実にはこのエピソードとは逆に、無実の黒人が非黒人の証人によって名指しされる悲劇的なケースもあるようだ。


 とりあえず、観てソンする作品ではないです。



 映画公式サイト:
http://www.outoftimemovie.com/


*You are in deep shit. = 「とてもマズい状況にある」=「どつぼにハマっている」 女性や外国人が使うことはお勧めできないけれど、この言い回しが妙にぴったりする、または他に言い表しようのない状況というものが、確かにある。うん。



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