NYBCT

2003/04/07



反戦デモ in ハーレム
イラク攻撃

戦争に反対する黒人
デモの先頭を歩くニューヨーク市議と交通局の労働組合長

 4月5日の土曜日にハーレムで反戦デモが行われた。
メルマガ#152「反戦デモに参加しない黒人」にも書いたように、ニューヨークで行われる大規模デモでは黒人の姿はあまり見かけられない。では、地元ハーレムのデモでは?


 しのつく雨と、気温4〜5度という悪条件の中、集合場所のマーカス・ガーヴェイ・パーク(124丁目&5番街)に、集合時間の30分前、11時半に行った。予想どおり、デモ参加者よりも警備の警官の数のほうが多い。それを確認していったんコーヒーを飲みに行き、定刻に戻ってきた。今度は200人弱のデモ参加者が集まっていた。これも予想どおり、ハーレムにしては白人の数が多い。ハーレム在住か、ハーレムのすぐ南の高級住宅エリア:アッパーウエスト在住、またはコロンビア大学関係者の、かなりリベラルな人たちだろう。

ブラックモスリム
ピシッと並ぶブラックモスリムたち。女性は別の隊列を組んでいる

 やがて行進が始まった。125丁目にある州オフィス・ビルまでのマーチだ。先頭を歩くのは、ハーレム選出のニューヨーク市議ビル・パーキンス、ブルックリン選出のニューヨーク市議チャールズ・バロン牧師、MTA(ニューヨーク交通局)の労働組合長ロジャー・トゥーサン。「戦争に反対する黒人」の黒いバナーを掲げている。


 それに続くのが、黒人イスラム教徒たち。男性はクフィと呼ばれる小さな白い帽子を被り、女性は白いスカーフで髪を覆っている。男女は別の隊列を作って行進する。

雇用に税金を使え
"戦争のためではなく、雇用に税金を使え(石油のために流す血はない)"

 人数集めのためか、普段はハーレムでもまったく相手にされていないネオ・ブラックパンサー約10人も、いつもの黒いユニフォーム姿で参加。このネオ・ブラックパンサーはいまだに「白人資本はハーレムから出て行け」などと言いながらディズニー・ストアやオールドネイビー(GAP系列のカジュアル衣料チェーン店)の前でデモをしたりする。ハーレムの中にも賛同者はほとんどおらず、失笑の対象にすらなっているのだが、いかんせん黒いユニフォームが目立つので、メディアで取り上げられることがある。編集されたニュースをテレビで見ると、まるでネオ・ブラックパンサーがとても活発に活動している団体のように見える。マスメディアの報道を鵜呑みにしてはいけないという良い見本だ。


 他にも各種労組や、<キューバの政治囚5人を解放する会><黒人急進派会議>などのバナーを持った、いずれも少人数の団体が参加。


 その一方で、一般人、特に若い人たちをほとんど見かけなかった。わずかに見かけた若者は高等教育を受けているタイプのようで、いわゆるストリートファッション系(ヒップホップ系)は皆無。

デモ参加者
こういった一般の若い人は少なかった。白人率は高かった

 それでもマーチが125丁目とレノックス・アベニューに差し掛かった頃に隊列を外れて行進全体を眺めてみると、人数は400〜500人程度に増えている。参加者が掲げているプラカードには「戦争ではなく、雇用のために金を使え(石油のために血を流すな)」「本のための金を」「アフガンでは5000人が死んだ」「黒人解放のために南北戦争をまず終わらせろ!」などがあった。シュプレヒ・コールには「(戦争に使う金があるなら))奴隷制に対する補償金!」というものもあった。これは長年、論議が続いている問題だ。いずれにしても世界平和を訴えるものより、黒人の生活環境向上を訴えるものが圧倒的に多い。星条旗はもちろん見かけず、赤黒緑のアフリカンーアメリカン旗が振られていた。


 テレビ局の取材は一切来ていなかった。どんな些細なイベントにも飛んでくるニューヨークのローカル・ニュース専門局NY1すら来なかった。4月5日の時点で、米英軍はすでにバグダッド侵攻直前。ニューヨークの街全体に<もう反戦してもムダかもしれない>という空気が流れていた。これがテレビ局が来なかった理由のひとつだろう。


 加えて、前日4日はキング牧師暗殺35周年の日であったことから、キング牧師の葬儀を模した反戦デモが、ウエスト・ハーレムにあるリバーサイド教会からダウンタウンに向けて行進した。そちらは翌日の新聞でも報道されたので、「2日続けてハーレムを取材する必要なし」との判断もあったのかもしれない。しかし、リバーサイド教会があるのはハーレムといっても西側で、リバーサイド教会関係者、コロンビア大学関係者も含めて白人が比較的多い地区。5日のこのデモこそ、ハーレムの中心地で行われたものなのだ。

デモ参加者
まるで接点のなさそうな(?)黒人女生と白人男性


 反戦デモを人種で区分けして捉えているわけではない。黒人も白人もアジア系も一緒にデモをするのが本来あるべき姿。ただ、普段は反戦運動に関わりたがらない黒人自らが企画し、ブラック・ハーレムの真ん中で、黒人中心で行われたという点で、このデモには意味があったのだ。


 所用があって、ここでデモ隊から離れざるを得なかった。終点の州オフィス・ビル前の広場では中心人物たちがスピーチを行ったようだが、翌日のニュース・デイ紙のみがかろうじてデモの概要を報道しただけで、スピーチの内容を知ることは出来なかった。




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