NYBCT

2003/03/11



ラティーノ
黒人を上回ったマイノリティ



 とうとうラティーノ(*1)が黒人を抜いて、全米に於けるマイノリティ最大グループとなった


全米人口 約2.8億人
ラティーノ 3,700万人(13.1%)
黒人 3,620万人(12.9%)


「人口で上回ったといっても、我々黒人がこれまでに苦労して築き上げてきた社会基盤をラティーノはまだ持っていない」
「だいたい市民権を持っていない移民が多いから、選挙権保持者は40%にしか過ぎない。つまり政治パワーはないってことさ」
「ラティーノってのはカリブ海・中南米のあちこちの国から来ているわけで文化はバラバラ。団結力に欠けるね」
「そもそも英語を話さない奴も多いじゃないか」


 以上はニュースを知った時の、黒人の反応。特に長年に渡って黒人の地位向上を目指してきた知識層には相当なショックだったようだ。この件が国勢調査局から発表されたのが1月末。2月は黒人史月間なので多くの黒人文化関連イベントが準備されていたが、この件がディスカッションのテーマに取り上げられたりもしたようだ。


 けれど、ラティーノ人口が黒人の人口を追い抜くことは、ごく近い将来に起きると以前から予測されていたし、ニューヨーク市ではこの逆転現象がすでに起きていた。


ニューヨーク市の全人口 約800万人
白人    35%
ラティーノ 27%
黒人    25%
アジア系  10%
他      3%
(2000年国勢調査より)


 ラティーノの急増振りは、ニューヨークの地下鉄に乗ってみるとよく分かる。あちこちからスペイン語による会話が聞こえてくるし、車内に貼ってあるポスターにも英語とスペイン語の2ヵ国語表示が多く、スペイン語オンリーのものまである。


 ニューヨークでは黒人とラティーノの居住区は隣り合っているか、もしくは混じり合っている。ハーレムも黒人が多いのは<セントラル・ハーレム>で、<イースト・ハーレム>はプエルトリコ系の街だし、<ウエスト・ハーレム>にはドミニカ共和国系が多い。だから黒人とラティーノの若者文化は複雑に混じり合っているし、なによりヒップホップ発祥の地も実はハーレムではなく、ラティーノの多いサウスブロンクスだ。故ビッグ・パン、ファット・ジョー、ジェニファ・ロペスはサウスブロンクス出身のラティーノだし、彼らほどメジャーではなくとも、ローカルなラティーノ・アーティストはたくさん存在する。


 ラティーノ以外のアメリカ人はもちろんスペイン語を話さないが、いくつかのスペイン語の単語はすっかり英語の中にとけ込んでいる。その一例が小さな食料品店を指す<bodega ボデガ>という言葉だ。


 2月8日、2軒の食料品店で強盗殺人事件が起こった。同一犯による悲惨な事件ではあったが、事件そのものとは関係のない部分でスペイン語の普及を思い知らされることがあった。翌日のニューヨークタイムズの記事には、ブルックリンにある<デリ>(*2)と、クイーンズにある<ボデガ>で事件は起こったと書かれていた。


 この2軒、実はほぼ同じ規模と品揃えの食料品店だ。唯一の違いは、デリの経営者がインド系で、ボデガの経営者はラティーノであったということ。ニューヨークでは、食料品店の中にテイクアウト用のサンドイッチとコーヒーを作って出すカウンターがある店を一般に<デリ>と呼んでいるが、ラティーノが経営する店が増えてからはスペイン語の<ボデガ>という呼称も使われ始めたのだ。


 このように、いまやラティーノはニューヨークに於いて見逃すことのできない大きな存在となっている。確かに黒人ほどの社会基盤はまだなく、選挙権保持者も少ない。けれど、その人口はこれからまだまだ増え続けるし、アメリカ生まれの二世、三世は将来選挙権を持つ。黒人にとって得策なのは、増え続けるラティーノに脅威を感じたり、口先だけで自分たちの優位を誇ることではなく、うまく協調してゆくこと。具体的には、公民権運動以来培ってきた権利拡張運動のノウハウを、まだ黒人以上に厳しい生活環境にあるラティーノに提供し、選挙など数の力が必要な時にはそれを借りること。


 実のところ、ハーレムの中では黒人とラティーノはうまく共存しているように見える。それはラティーノがマイノリティだということを自覚しており、ハーレムのマジョリティである黒人に多少の気兼ねをしながら暮らしているからだ。けれどラティーノが黒人に遠慮なく自己主張できる日が遠からず、やって来る。その時までに黒人は、ラティーノを対等なパートナーと見なす準備をしておかなければならない。


*1:ラティーノ
カリブ海、中南米のスペイン語圏出身者。よりより生活のために貧しい母国を出てアメリカに移住してくる者が多いが、不法移民も多く、平均生活水準は黒人よりも低い。西海岸では国境を接するメキシコからの移民が多いが、ニューヨークではプエルトリコ系、ドミニカ共和国系が多く、メキシコ系も近年急増中。ヒスパニックとも呼ぶ


*2:デリ
ドイツ語のデリカテッセンの短縮形。昔はドイツ系が経営する食料品店が多かったことから定着した言葉だが、現在はドイツ系の店はほとんどない



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